1-6
「違うよ。ユメ。お箸の持ち方はこう」
「こう?」
「うん、難しいけど頑張ろう!ああ、ほら、がっつかない。ゆっくりね。いくらでも食べていいんだから」
僕の作った決して美味しくもない朝食。
それをユメは引くぐらい必死に食べていた。
「別に美味しくも無いでしょ……」
「そんなことない!凄くおいしい!」
ユメは口からポロポロご飯を零しながら僕に反論していた。
「ああ、もう!」
零れたご飯を丁寧に拾う。
でも、なんだかうれしい。
残飯みたいな僕のご飯を……
こんなにもおいしいと言ってくれる。
なら、もっと料理を上手くならなきゃ。
美味しい料理を作らなきゃダメって、そんな気分にさせてくれる。
「ごめんなさい」
「いいよ、次から気を付けよう。出来る範囲でゆっくりと」
僕はユメの頭を軽く撫で席に戻る。
「よし、じゃあ一緒にゆっくり噛む練習しよう。ほら、その卵焼きを口に入れて一緒に50回噛むよ」
「はい」
指を立てて噛んだ数をお互い確認し合い笑い合う。
そうやって、普通の何倍もの時間をかけ、僕らは朝食を食べた。
なんでもない普通の朝食。
でも、凄く新鮮で楽しいひと時だった。
「ごちそうさまでした」
「でした!」
ユメは僕の真似をして、朝食を終える。
いつもなら気だるい朝食がいつの間に楽しいイベントに変わる。
こんなこと今までの僕なら絶対に想像すらできなかった。
「じゃあ、少し早いけど学校行こうか」
「はい!」
名残惜しいけど、僕も会社へいかなきゃいけない。
「あ、そうだ。これ」
「これは?」
「カギだよ、家の」
「えっ?」
ユメは意外そうな顔をする。
ごめんね。
夕方までは一緒にいられないんだ。
「学校終わったら、家で待っててもらえるかな?18時までには帰るから」
「えへへ、ふふん」
家の鍵を受け取ったユメは意外にも嬉しそうに笑っていた。
「どうしたの?」
「ちゃんと帰れる場所が出来たんです」
その言葉に僕はハッとする。
家に帰る
そんな当たり前の事も彼女にとっては得難い物だった事。
それをすっかりと忘れていた。
「なるべく早く帰るから。待っててね」
「はい!」
ユメは嬉しそうに頷く。
それを見るだけでなんだか幸せだった。
■
僕の新しい日常。
それはとても刺激的だった。
ブランクのある仕事は勿論、朝起きる辛さ、家事に追われる出勤前、久々の通勤ラッシュ、どれもとっても凄く大変だった。
ただ、全てが昔とは違った。
何か充実感みたいな物に満たされていた。
働くには理由が必要だ。
今ならはっきりとわかる。
理由はなんでもいい。
いい地位に就きたい。
おいしいものをたくさんたべたい。
趣味にお金を費やしたい。
いい女を抱きたい。
なんでもいい。
どんな身勝手な理由でもいい。
仕事は辛い。
その辛い事を乗り越えて手に入れたいものをはっきりと自覚する事。
辛さを乗り越えられるだけの理由があれば、仕事なんて頑張れる。
仕事は夕方には終わり、後はユメと一緒に過ごす
それが僕の働く理由であり、堪らない位幸せな時間だ。
実際、初めの数週間。
ユメと過ごす時間は本当に幸せだった。
ただ、その幸せはとても儚いもので長く続く事は無い。
心のどこかで僕はそう感じてしまっていた。
■
「ユメが怪我をさせた!」
カタカタとキーボードを打つ音だけが占めるオフィス。
そんな中で場違いな声を上げれば当然注目を集めてしまう訳で……
「すいません……」
僕はそう言って、携帯を片手に軽く会釈しながら逃げるように廊下へ走るしかなかった。
「どういう事なんですか?」
非常階段まで逃げてやっと携帯から聞こえる会話に集中する事が出来た。
相手はユメの学校の担任。
話を詳しく聞けばユメが同級生の子と喧嘩し、突き飛ばして怪我をさせたらしい。
しかも、運悪く突き飛ばした先に机があり、突き飛ばされた子はその勢いで頭を切ってしまったらしい。
結果、病院へ行く大きな騒ぎになりとりあえず親も含めて話し合いをしてほしいとの事だった。
話し合いというより謝罪しろって事なんだろう。
「分かりました、すぐに行きます」
何の理由もなしにユメが手を上げるとは思えない……
僕はすぐに返事をし、電話を切る。
そして上司に理由を話し早退する旨を伝えた。
幸い部長は理解のある人で許可は直ぐに降りたが、忙しい中一人帰る。
それを快く思わない人間は沢山いた。
決して好意的ではない視線を痛い位に感じるが、それを気にしている場合ではない。
「申し訳ありません」
僕は全員に一礼する。
ただ、その声に応える人は無く、ただ冷たい視線とカタカタというキーボードを打つ音だけが響いていた。
そのいたたまれない雰囲気の中、僕は急いで会社を後にした。
■
「すみません、遅くなりました!」
指導室と書かれたプレートが張られた学校の一室。
その開き戸をガラガラと音を立て、僕は教室に飛び込んだ。
部屋には既に沢山の大人がいた。
担任の先生と思われる若い女性。
上質なスーツをきた初老の男性にジャージ姿の男。
そして、派手な化粧をした40代位のおばさん。
それに寄り添うように座る女の子。
そんな大勢の人間の中心に、一人正座させられた子供がいた。
椅子の上でもない、何もない床の上に。
それが……ユメだった。
「ユメ!!!」
慌てて僕はに近寄り足を崩す様に促す。
その間にも抑えきれない沸々と怒りが湧き上がってくる。
どれだけユメはこの状況に晒されていたのか。
何故、こんな子供を一人正座させて兵器でいられるのか。
例え、悪い事をしたとしても……無抵抗な子供にこの仕打ちは無い!!
そんな怒りが膨れ上がり、破裂しそうになる。
「……ごめんなさい」
足が痺れ立つ事さえままならないユメは、媚びた様な笑みを浮かべ僕に謝る。
その表情を見るだけ胸がギュと締め付けられる。
普通の子供なら、泣いてしまうはずだ……。
なのにユメはこれだけ酷い仕打ちを受けても、それに憤る事も無ければ、泣き出す事も無い。
ただ、黙って心を殺し、誰に頼る事も無くひたすら耐えていたのだ。
小さな頃から理不尽な暴力と言動に耐えてきたユメだからこそ、泣き出す事や怒る事が何も生み出さない事を知っていたのだろう。
それは……酷く辛く、悲しい事だった。
「いいから、遅くなってごめんな」
上手く立てずヨロヨロとするユメを、僕はそっと抱きしめる。
その小さな体はフルフルと小さく震えていた。
「誰が足を崩していいって言ったの?!」
頭にキンキンと響く甲高い声が室内に響く。
それは化粧の濃いババァが発した言葉であった。
僕はその言葉を無視し、ユメをゆっくりと抱き上げ椅子へ座らせる。
「何があったか正直話してくれ」
後ろでギャアギャアと騒ぐババアを無視し、膝を曲げユメと同じ目線で語り掛ける。
ユメはその問いかけにコクンと頷くと、ゆっくりといきさつ話し始める。
話は単純であった。
ユメの行動や浮いた仕草を見た子供がユメを馬鹿にしたのが始まりだった。
始めはユメは黙ってその挑発聞き流していた。
ただ、何も反抗しないユメを見てエスカレートしたのか、段々とその悪口は物理的な暴行へと変わっていった。
ついにその暴力はユメの我慢の限界を超え、ユメは少しだけ抵抗した。
それに驚いた生徒の一人が運悪くその倒れ、机の角に頭をぶつけ、少し切ってしまったらしい。
ユメは何も悪くない。
確かにユメは普通じゃない。
ご飯の食べ方一つでさえ周りから比べれば異質だ。
橋の持ち方や食べ方。
ユメよりもっと小さな子供が当たり前に出来る事が……出来てない。
もっと端的に言えば、ユメは基本的な常識が欠けている。
子供が当たり前に知る常識なんて、ユメは教わった事がないのだから。
ただ、周りの子供達がそんなユメをからかうのは理解できる。
だけど、何も悪い事をしていないユメをこんな風に扱うのは、どうしたって理解なんて出来る訳がなかった。
「そうか……」
僕はユメをもう一度抱きしめる。
「ユメは何も悪くない。来るのが遅くなってごめん。辛かったな」
そう言ってユメの頭をなでた。
なんでこんな目に合わなきゃいけない。
もう一生分。
いや、それ以上にユメは辛い思いをしてるのに。
「お前を怒らせるような事をした奴が一番悪い、そんな馬鹿と同じ一緒にいる必要はない。そういう時は学校なんか飛び出して家に帰っておいで」
ユメの頭を撫でながら僕は言う。
ユメは僕の体の中で小さく頷くだけだった。
「ちょっと貴方何をいってるの!!」
ババアが叫ぶ。
たぶん怪我させた生徒の親だろう。
「うちの子に顔に一生傷が残るかもしれないのよ?どう責任とるの?」
僕は何も言わなかった。
ただ、ユメにゆっくりと尋ねる。
「なぁユメ、他にも何かされてないか?何か証拠みたいな物があれば見せて欲しい」
「みせなきゃ……ダメ?」
ユメは消え入りそうな声で言う。
「大切な事なんだ。教えて欲しい」
「そんな事良いから謝りなさいよ!!!聞いてるの!!!!」
後ろでモンスターが僕の声を遮り叫ぶ。
先生方に視線を移せば、皆が一様に”関わりたくない”そんな表情浮かべていた。
……大体理解出来た。
このおばさんは狂っている。
子供の事を盲目的に優先し、常識なんかもうとっくにどこかへ吹き飛ばしているヤバい奴なんだと理解した。
「これ……」
気が付けば、ユメが辛そうに教科書やノートを差し出していた。
そこにはこれでもか……という位、乱暴な落書きや”死ね”とか”汚い”、”貧乏菌”など散々な暴言が書かれた。
「これその子にやられたのか?」
「その子だけじゃない……」
「そうか……」
渡された教科書がグシャリと曲がる。
僕はユメの側から立ち上がり、教師達に元に歩いていく。
「これ知ってました?知っていてこういう事をするんですか?」
「……」
教師達は誰も一言も喋らない。
その態度で僕は理解した。
ユメがどういう目にあっていたか知っていた。と。
「そんなのその子が悪いのよ!!虐められる方に原因があるのよ!!」
ババアの声に全身が沸騰しそうになる。
ただ、そんな事より”どうすれば、ユメも守れるか?”
それをただひたすら考えた。
僕は明日も、明後日も、その先も仕事に行かなきゃいけない。
ユメにずっとついてあげる事も出来ない。
先生たちに土下座するか?
そんなんじゃダメだ。
こいつらは……この教師たちは、明確な証拠があっても見ないふりを決め込んだ。
クソみたいな奴らだ。
じゃあなぜそんな事をした?
理由は明確だった。
この目の前で叫ぶババアがモンスターだからだ。
「そんな子、さっさと施設にでも放りこんでおきなさいよ!」
配慮のかけらもない言葉。
どうしてそんな言葉が出るのか。
人としての品位の欠片も無い言葉。
生きている価値すらない存在。
ただ、僕も理解した。
こいつは人として壊れてる。
壊れているヤバい奴だから、先生達も傍観しているんだと。
ヤバい奴と話し合ったところで、得られるものなど何もないから。
ならどうすればいい?
その答えは簡単だった。
”目の前のヤバい奴より、より壊れたヤバい奴になればいい。”
先生達が生理的に関わりたくない程、僕が壊れれば2度とユメはこんな目には合わないはずだ。
ユメに友達も出来なくなるかもしれない。
もっと虐められるかもしれない。
でも、もし突き抜ければ?
僕があのオバさんよりも突き抜けたたヤバい奴になれば、少なくとも虐めは無くなる。
もしあっても教師たちが確実に止めに入る。
ユメが虐められればヤバい奴が飛んできて、何をするか分からない。
そう思わせる事が出来れば、ユメへの虐めはなくなるはずだ。
あとは……
あとの問題は……僕にそれが出来るか。
目の前のババアを超える、常識も無い、理性すらない狂ったような人物に僕がなれるのか?という事だ。
その時、フッとユメの姿が目に入った。
一人残されたユメは椅子の上で……泣くでもなく、震える訳でもなく
ただ、小さく笑みを浮かべていた。
その仕草を見て覚悟は……決まった。
(やる……やるしかない!)
覚悟は決まった。
ユメの為なら、ゴミみたいなクズ人間にだってなってやると!
「……黙って聞いてりゃ、このクソババアが」
「はぁ?!」
「その厚化粧でも隠せない気持ち悪い顔にブクブク太ったハムみてぇな姿で吠えんな!出荷前の豚にか見えねぇだろう!!!」
「はぁ!!貴方何言ってるの分かってるの!」
「分かってねぇのはおめぇだろうが!!」
僕は壁を本気で殴りつけた。
人を殴った事のない拳がジンジンと痛む。
ただ、そんな痛みに構っている余裕なんてなかった。
自分の言葉遣いも、態度も正解なんて分からない。
僕は自分が思い描くモンスターを演じる事だけで精一杯だった。
「ちょっとこの人可笑しいわよ!」
モンスターが助けを求めるかのように教師たちに目線を向けた。
ただ、教師達は動かない。
突然豹変した僕の様子をただ茫然と見つめていた。
「可笑しいのはお前だよ!!自分の子供が犯罪行為してるのに、それを咎めるどころか庇って、親もゴミなら、子供も救えないゴミだな!!」
「貴方何を!」
「うるせぇ!!!」
僕は近くに会った電動クリーナを手に取り思いっきり床に叩きつけた。
そのクリーナはバン!バン!と音を立てながら床を跳ね、近くの棚に当たりペンなどの文房具が床に散らばった。
「暴行!これ暴行よ!!警察!!警察呼んで!!」
「呼べや!!お前の馬鹿ガキがやった犯罪行為とこのクソ教師達がした体罰、全部公にしてやるよ!!さっさと呼べよ!!」
僕がそこまで言い切ると、教師もババアもピタリ止まる。
(もっとだ、もっと非常識に。皆が2度と関わりたくないと思うまで壊れろ!!)
暗示の様に自分に言い聞かせる度に、感情が際限なく高まっていく。
熱を帯びた血流が一気に全身を駆け巡り、赤い色で頭を支配されるような感覚が僕を襲う。
僕はそれに抗う事なく、支配を受け入れ「”あ”あ”あ!!!!」と何度も叫び、近くの壁を何度も殴りつけた。
「いいか!!!もう一度でもユメを傷つけてみろ!ただじゃ済まさねぞ!!!」
僕は床に散らばったキャップの外れたボールペンを拾い上げ、バン!と開いた拳で机を叩く。
「お前も!そこで傍観しているボンクラ共も、ユメに何かあればお前等の大切な奴をこうしてやるからな!!!」
僕は声の限り叫び、拾ったボールペンを握る様に持ち直す。
「いいか!!脅しじゃねえぞ!!!」
僕はそう叫び、自分の掌にボールペンを突き立てた。
「キィャアアア!!!!」
ババアが悲鳴をあげ、呆けていた教師達も思い出したかのように動き出す。
頭の中からアドレナリンが湧き上がる。
「この人狂ってる!!だれか早く追い出して!!早く!!」
(まだ足りない!もっと……もっと、関わったら危ない奴だと思われるまで!!)
「”あ”あ”あぁ”あ”あ!!!!」
僕は奇声を上げ、手に刺さったボールペンを乱暴に抜き去る。
そして何度も手に打ち付けた。
血で染まったボールペンはヌルヌルと手の中を動き、上手く狙いが定められず
机や指、想定と違う所に当たって、最後にはバキッと音を立てて壊れてしまった。
黒いインクと血が混ざった僕の拳。
折れてギザギザに尖ったボールペン。
そんな異様な雰囲気を纏いながら、僕はババアへと近づく。
穴の開いた僕の拳からはピチャピチャと一定リズムで血が床に零れていく。
「ヒッ……」
「こんな傷一か月もすれば直る!ただな!お前らがユメに与えた傷は簡単には直らない!下手すれば一生直らないかもしれないんだよ!どうして!どうしてそれがお前達には分からない!!」
僕はもう何も考えられなくなっていた。
気が付けば、血が溢れ出る手でババアの頬を掴んでいた。
「た、助け……」
「お前は子供の為なら何でもするんだろ?こんな常識外れの事も出来るんだろ?なら何故分からない!自分の子供が同じ目にあったら、お前はどうする?仕方ないと泣き寝入りするのか?違うだろ?!アァ!!?」
どうして自分がやられたら許せない事を人に出来るのか。
それをされたら自分ならどうするのか。
「100倍、1000倍にして返してやる!!例え死んでも殺してやる!!お前だってそう思うだろうがぁ!!!」
なんで少しでも考えれば分かる事を、考えもしないのか。
ほんの僅かな想像力すら持っていないのか?
「不味い!誰か止めなさい!」
「石井先生、早く!早く止めて!」
「え?私?!」
周りからの雑音。
でもその雑音達は動こうとすらしない。
「そんなの知らない!うちの子を巻き込まないで!!」
ババアが叫んだ。
巻き込まないで?
お前のクソガキがユメに絡んだ結果だろ?
理解しない。
想像力も無い。
言っても分からない。
そんな奴どうすればいい?
無理だろ。
なら、もうとれる手段なんて限られてるじゃないか……
「お父さん……やめよ……」
僕がボールペンを持った手に力を込めた時
小さな声が……響いた。
「もういいよ……帰ろ」
僕の服がクイクイと引っ張られた。
それと同時に僕の手から激しい痛みが伝わってきた。
「ユメ……」
その小さな存在は、噴火の様に湧き出していた僕の激情を一瞬で消し去っていた。
やりすぎた……。
ヤバい奴を演じるつもりが……本当に狂人になっていた。
そんな当たり前の感想が湧き上がる位には、僕は冷静になっていた。
「どうか、どうか穏便に」
恐る恐る近づいてくる教師の言葉。
その言葉に僕は絶望した。
ただ、目の前の嵐が過ぎ去ればいい。
そんな風にしか見えなかったから。
僕は息を吐く。
頭の中を支配していた赤い靄が口からスッと抜けていく。
「もしユメに何かあったら絶対に許さない。お前らもその関係者も。絶対に」
僕は抑揚のない声で全員に告げる。
激しい痛みのせいで、もうまともに喋る事すら億劫になっていた。
「ユメ。帰ろう」
脂汗をかきながら、僕はポケットからハンカチを取り出し、手に巻きつける。
その僕の手はありえない位に震えていた。
「うん」
ユメはただ頷き、僕と一緒に教室を出た。
ヨロヨロと歩く僕らに、誰も声をかける事はなかった。
………
……
「……痛くない?」
学校からの帰り道。
ユメは僕と手を繋ぎながら心配そうに僕を見上げていた。
「痛くないよ。ちっとも痛くない」
脂汗は一向に引かない。
ズキズキと激しい痛みが襲ってくるけど、ユメに比べたらちっとも痛くは無かった。
「学校なんて行かなくていいんだぞ?勉強なら僕が教えてあげれる」
「ううん」
ユメは首を横に振る。
その様子は凄く寂しそうでもあった。
「皆と学校で勉強できるのも楽しいから」
「無理してないか?」
「公園で一人の方が辛いもん」
「そっか……」
……一人の方が辛い。
とてもとても重い言葉だった。
ユメにどう声をかけてあげたらいいのか分からない。
(何も出来やしない……)
改めて自分の無力さを痛感する。
「なぁ、週末遊園地に行かないか?」
「遊園地?」
「知らないのか?」
ユメはコクリと頷く。
そうか。
前に親に連れて行った貰った事……それはないか。
「そうだな、お化け屋敷とか絶叫マシンとか怖い乗り物とかアトラクションが一杯あるところだ」
「……怖いのは嫌です」
「ああ、違う違う、楽しい所だ」
「本当?」
「約束する、だから信じてくれ」
「……はい」
ユメは俯き、小さく答える。
どういえばよかったんだろうか。
もう何が正解なのかは分からない。
ただ、今はユメと一緒にいてやる事。
少しでも楽しいと思える記憶をユメと作る事。
僕にはそれくらいしか思いつかなかった。
(情けない……)
ユメ一人守る事すら出来ない。
自分の無力さをここまで痛感する出来事は、生まれて初めての事だった。
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