【3巻発売記念SS②】パールの輝きと永遠の時

「シャルロッテ」


 そう声をかけられて彼女は振り返った。

 愛しい夫──エルヴィンがそこにはおり、なにやら手に長細い箱を持っている。


「エルヴィンさま、今日はお早い帰りだったのですね!」

「ああ、今日はシャルロッテに渡したいものがあって早く帰ってきた」


 彼はシャルロッテにゆっくり近づくと、その箱を開けて彼女に見せた。

 中にはパールのネックレスが入っており、そっと彼女は興味深そうにそれを覗く。


「綺麗ですね!」

「これ、シャルロッテに贈りたいんだけど、つけてくれるかい?」

「え? 私にこれを?」


 いつもの優し気な微笑みを見せながら、彼は箱からネックレスを取り出す。

 どうやら今すぐ彼女に着けたいらしく、どうかな、といった様子で尋ねた。


「エルヴィンさまがつけてくださるなら」

「もちろん」


 彼はシャルロッテの後ろに回り込むと、小ぶりなパールが輝くネックレスを彼女の首にかける。

 茶色い髪をふわっと持ち上げて整えた。

 近くにあった姿見で自分の姿を映すと、少し照れ臭そうにして彼女は鏡越しに声をかける。


「私には早すぎないでしょうか?」

「いいや。とっても似合っていると思うよ」

「そうですか? でもどうしてこれを?」

「ん?」


 そう問いかけた彼女を後ろから優しく抱きしめると、耳元に吐息がかかる。

 甘く囁いたその声に気を取られて、一瞬理解が遅れた。


「ふふ、君はもう籠の鳥さ。ここから逃げられない。私からは逃れられないよ」


 ぶわっと顔を赤くして戸惑うシャルロッテの様子を少しの間堪能すると、エルヴィンは優しく彼女の頭を撫でる。


「演劇のようだろう。一度言ってみたかったんだ、彼のセリフを」

「あ……」


 それは先日一緒に見に行った演劇でのセリフ──

 彼はある高貴な令嬢をさらって幻覚を見せている間に吸血をしていたヴァンパイア。

 そんな彼がヒロインに本気の恋をして、ヒロインもまた惹かれ合う、そんな物語。


 エルヴィンが言ったのは、ヴァンパイアの甘い甘いセリフ。

 彼がヒロインに甘い誘惑を掻けるシーン。


「でも、なんだか、エルヴィンさまってヴァンパイアみたいですよね」

「どうして?」

「だって、綺麗な顔立ちで公爵さまで、それになんだか、色気があの舞台俳優さんそっくりです」

「……」

「エルヴィンさま?」


 彼は彼女の言葉を聞いた途端に少しだけ怖い顔になったあと、彼女の手を引いて自分に引き寄せる。


「エルヴィンさまっ!?」

「その俳優が好きなの? 私とどっちが好き?」

「え……?」


 嫉妬で顔を歪めた彼を見て、シャルロッテは彼の頬に手を添えて目を見つめる。


「もちろんエルヴィンさまです」

「私がヴァンパイアだったとしても?」

「はい、私はエルヴィンさまが好きなので」


 とんでもない殺し文句だと彼は思ったが、この素直さが彼女の魅力だと思い目を閉じた。


(いつか、ヴァンパイアのように永遠の時を生きることがなく、離れ離れになるとしても。私はそれまで君を一生愛し続けるよ)


 パールのネックレスをそっとなでて、誓いをたてるようにシャルロッテの首元にちゅっと唇をつけた──


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