【特別SS②】心に秘めた愛
春の陽気も段々と強くなっていき、少し暑さも増してきた頃。
アイヒベルク公爵家では珍しく主人であるエルヴィンの慌てた声が響き渡っていた。
「ラウラっ!!!」
「どうしたんですか? そんな慌てて」
ドアを勢いよく開けたエルヴィンの額にはじんわりと汗がにじんでいる。
はあ、はあ、と息を切らせて部屋に入って、真っ青な顔でラウラに問いかけた。
「シャルロッテがいないんだっ!」
「え?」
「いつもこの時間には部屋にいて読書をしているはずなのに、もう30分も部屋にいない!」
それを聞いたラウラは口元に手をあてて少し微笑みながら返答する。
「大丈夫ですよ、エルヴィン様。シャルロッテ様なら……」
ラウラからシャルロッテの居場所を聞いたエルヴィンは急いで彼女の元へと向かった──
◇◆◇
アイヒベルク邸から徒歩10分ほどの場所にある教会に、シャルロッテはいた。
曇天の空の下、彼女はしゃがみ込んで目をつぶって祈っている。
「シャルロッテっ!」
「……? エルヴィンさまっ!」
しゃがみ込んでいた身体を起こして声のしたほうへ振り返ると、そこには紺色の服装をしたエルヴィンの姿があった。
彼はそのままゆっくりと歩を進めると、シャルロッテの横に立つ。
シャルロッテは少し横にずれると、エルヴィンは彼女に礼を言ってしゃがみ込む。
──ここは教会の裏手にある墓地で、二人が祈っていた墓はエルヴィンの両親のものだった。
今日が彼らの命日であり、エルヴィンは毎年欠かさず訪れていた。
「まさか、シャルロッテに越されるとは思わなかった」
「ラウラから命日を伺って、差し出がましい事をいたしました」
「いや、嬉しいよ。二人がいたらシャルロッテがうちに来た事を喜んでくれただろうね」
「そうでしょうか?」
「ああ、だって母の好みのマーガレットを墓前に供えてくれるお嫁さんなんて他にいないよ」
「──っ!」
エルヴィンはそっと墓前に供えられたマーガレットの花びらを優しく撫でると、シャルロッテのほうへと向きなおす。
シャルロッテは少し気恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「ラウラからお母さまのお好きな花を聞いて、お庭から摘んでまいりました。私もマーガレットが好きですから、勝手に親近感が湧いてしまいました」
シャルロッテの言葉を嬉しそうに聞き届けると、ふっと空を見上げてエルヴィンは語り始めた。
「母が私を身ごもっていた時にね、毎日体調を崩して寝込んでしまって」
「そうでしたか」
母体には相当の負担がかかり、そして辛さや苦しさには個人差がある。
しかしもともと身体の弱かったエルヴィンの母親はよりその影響を受けてしまい、毎日微熱や頭痛に悩まされたという。
「そんな時に父はそっと毎晩仕事が終わった後に、母のベッド横のサイドテーブルにマーガレットの花を摘んで飾ったそうだよ」
エルヴィンの母親は夫が照れ屋で、自分が礼を言ったら次の日から来なくなってしまうのではないかと思い、いつも寝たふりをしていた。
その話をエルヴィンが庭のガゼボで聞いたときには、それはそれは嬉しそうに、そして懐かしそうに話したという。
「素敵なお話ですね」
「ああ、私もそう思う。それ以降、父には言っていないが、母はこっそりマーガレットの花を押し花にして栞にして持っていたよ」
母の形見であり、その栞であろうものを胸元から出すと、そっと墓前に添えた。
「私は両親のような夫婦に憧れた」
「……私では力不足ではないでしょうか?」
そう言うシャルロッテの手をそっと取り上げると、優しく微笑んで言った。
「私は両親に負けない夫婦になれていると思うよ。シャルロッテのおかげで」
「エルヴィンさま……」
そっと手を繋いで微笑む二人に、雲間から差し込む日の光が差し込んでいた──
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