【ハロウィーンSS】素敵な贈り物
シャルロッテがアイヒベルク家に来る一カ月前。
アイヒベルク公爵家の当主として名を馳せるエルヴィン・アイヒベルクは、自邸の執務室にて側近であるレオンにある頼み事をしていた。
「菓子をですか……?」
「そうだ、何か持ち運べるもので手軽なものをラウラに作ってもらいたいんだ」
レオンは主人の唐突な申し出に疑問を抱きながらも、前向きに要望のお菓子について質問をする。
「エルヴィン様が召し上がるのですか?」
「いや、その……」
珍しく口ごもる主人の様子に、これは何かあるなと勘ぐって少し笑みを浮かべる。
「どなたに差し上げるのですか?」
「ヴェーデル家の令嬢に渡したい」
「え? あの今調査してるシャルロッテ嬢ですか?」
「ああ、そうだ」
レオンは主人の色恋の匂いがするその頼み事に、おもわず確認を取ってみた。
「もしかしてエルヴィン様はそのご令嬢のことを」
「ああ、好きだよ」
なんのためらいもなく、恥ずかしげもなく言った発言にレオンは驚きを隠せなかった。
今まで色恋沙汰など皆無だった主人に突然春が来たのだ、どう接していいのかわからずレオンは少し戸惑う。
しかし、レオンは殊の外楽天的な人間だったようで、すぐに思考を切り替えるとニコニコと笑って見せた。
「レオン、その気味の悪い笑顔をやめろ」
「だってっ! これまで数多の令嬢に見向きもしなかったエルヴィン様が一人の女性に釘付けなんですよ?! もうこれは部下として嬉しい限りですよ!!」
「なんか、その言い方は気に障るな」
エルヴィンは書類に目を通し始めると、いつものように署名の作業をする。
「じゃあ、頼んだよ。ラウラに作ってもらって今日のうちに彼女のいる離れにそっと届けてほしい。無論、彼女に気づかれないように」
「かしこまりました! 責任を持ってエルヴィン様の恋のお手伝いをさせていただきます! でも、今日って何の日ですか?」
その言葉にエルヴィンはため息を一つ吐くと、ゆっくりと目をつぶってそっと瞼を開いて言った。
「ハロウィーンだよ」
◇◆◇
「で、シャルロッテ嬢に渡すいいお菓子を作ってほしいと」
「はい、そうなんですよ。お願いできますか?」
「かしこまりました。彼女の好きな物はわからないんですよね?」
「毎日余り野菜のスープを飲んでいるみたいですが、そもそも菓子を食べてそうな気配もないのでわからないです」
「なるほど……。ではかぼちゃのカップケーキにしますね!」
「はいっ! お願いします!」
菓子を作る間ダイニングで作業をしながらレオンは待っていた。
(それにしても本当にぞっこんなんだな、エルヴィン様)
最近赴任になった北方の税関連の計算をしながら考える。
(あのエルヴィン様がご令嬢に夢中になる日が来るなんて、昔からは考えられなかったな)
昔のエルヴィンの仕事しか自分にはないと言い放っていた頃の様子を懐かしみながら腕を組む。
(人って一人の人間に関わるだけでこんなに変わるもんなんだな)
レオンは王国に提出するための申請書を見つめながら思う。
「──オン様。レオン様っ!」
「──っ!」
いつの間にか居眠りをしていたレオンは、ラウラの声に起こされる。
よく見ると、机に突っ伏していたようで税関連の申請書にはよだれがびっしょりとついていた。
(ああ、またあとでやり直しだな、こりゃ)
そう思っていたレオンだったが、ダイニング中になんとも香ばしい香りが漂っておりラウラの手には綺麗に包まれたカップケーキがあった。
「できた?!」
「ええ、できましたよ。ぜひ早くシャルロッテ嬢に」
手渡された包みはハロウィーンらしくオレンジのリボンでラッピングされていて、いかにも女性が好みそうなものだった。
それを受け取ると、「あっ!」と思い出したようにラウラに尋ねる。
「ちなみにうちの庭園に『エキザカム』って花ありましたっけ?」
「淡い紫でよければありますけど、何かご入用ですか?」
「ああ、それを包みに挟んでほしいとエルヴィン様から」
「エルヴィン様が、ですか? なるほど、そうでしたか」
ラウラは嬉しそうに笑うと急いで庭に採りに行った。
そして、戻ってくると包みのリボンにそっと挟んでレオンに渡す。
「では、レオン様。よろしくお願いしますね!」
「かしこまりました! 行ってきます!」
レオンはその足でヴェーデル伯爵家へと向かった──
少し肌寒くなってきた秋の終わり、離れの小窓からそっと見つめると中にはいつも通り手紙の代筆をするシャルロッテがいた。
(今なら気づかれずにそっといけますね)
レオンはヴェーデル家の人間にバレないように離れの入り口にお菓子を置くと、ドアをノックした。
すぐさま近くの茂みに隠れて様子を見ていると、シャルロッテがドアを開けて包みに入ったお菓子に気づく。
(あ、気づいた)
その包みを受け取るときょろきょろと周りを確認するシャルロッテ。
小首を一つかしげると、そのまま離れへと戻っていった。
(よし)
レオンは小窓のほうに再び回り込むと、シャルロッテが恐る恐る包みを開けてカップケーキを口にする様子を眺める。
その顔はなんともこの世のものとは思えない美味しいものを食べたような、そんな微笑ましい顔をしており、レオンは心の中でガッツポーズをした。
主人にその様子を伝えたくて、小窓から離れるとそのままアイヒベルク家へと帰宅した。
シャルロッテは包みにあったエキザカムの花を大事そうに包みから取ると、本の間に挟んだ。
「妖精さんかしら? ありがとうっ!」
その本と花は一ヶ月後のシャルロッテの嫁入りにも持っていかれた。
エキザカムの花言葉『あなたを愛します』──
***
新作:『王太子と婚約した私はため息を一つ吐く』 もよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます