【おまけ①】 甘い匂いに誘われて
シャルロッテとエルヴィンが正式な夫婦になったしばらくあとのこと。
シャルロッテはキッチンにいてランチの準備をするラウラをじっと見ていた。
そのあまりの真剣かつ
ラウラはそっとシャルロッテにどうしたのか尋ねてみた。
「シャルロッテ様、いかがいたしましたか?」
「あ、ごめんなさい。邪魔だったわよね」
「いいえ、お腹がすいていらっしゃるようでしたら先に何かお出ししましょうか?」
「え?! あ、いえ、そうではないの」
「そうですか……」
何やら歯切れの悪いシャルロッテの様子にラウラは濡れた手を布でふき取り、彼女のほうへと向かう。
「何か私(わたくし)にできることはございますか?」
「え、あ、あの……」
シャルロッテはもごもごを何か話したあと、意を決してラウラに言った。
「お、お菓子の作り方を教えてほしいの!!!」
「え?」
あまりの予想外の言葉にラウラは目を丸くして驚く。
目の前ではかなり恥ずかしそうに目をぎゅっとつぶりながら顔を赤らめていうシャルロッテの姿があり、その姿があまりにも可愛らしかったので思わず微笑んでしまう。
「本来は奥様をキッチンにあげるなど、メイドの名が廃りますが」
「そうよね、ラウラもお仕事中だし」
「でもきっとその目は恋する目ですね、旦那様にお作りしたいとお見受けしました」
にこりと片目を閉じてシャルロッテに合図をするラウラ。
シャルロッテはバレてた、とこれまた恥ずかしそうに手で顔を隠す。
「さすがね、ラウラ」
「シャルロッテ様はわかりやすいですから」
さ、こちらへ、と促すラウラに誘われて、シャルロッテはキッチンへと入る。
「どんなお菓子が作りたいでしょうか?」
「私、お菓子も詳しくなくて名前も何もわからないのだけど、エルヴィン様がお忙しそうだから手軽に食べられるものがいいかしら」
「それはいいですね! あと、旦那様はチョコレートがお好きなので、う~ん」
ラウラは頭の上を見上げて少し考えると、シャルロッテに告げる。
「レープクーヘンはいかがでしょうか?」
「れーぷ?」
「レープクーヘンはしっとりめのクッキーです。そろそろ冬も本番なのでいかがでしょうか?」
「ええ、じゃあラウラのおすすめならそれを作ってみたいわ」
「じゃあ、早速作りましょう!」
こうしてシャルロッテがラウラに逐一教えてもらう形式で作る。
作っている最中、意外な人物がやってきた。
「なんか甘い匂いがするな」
「レオン様?!」
「なっ! なぜシャルロッテ様がキッチンに」
「こ、これはその、え~と……」
シャルロッテの粉まみれで器を持って生地を混ぜる様子を何事かと思い目を見開くレオン。
奥のほうからラウラが現れ、レオンに事情を説明する……かと思ったら、なんとも雑に告げる。
「あ、レオン様。奥様は今素晴らしき愛の結晶をお作りになっているのです、察してください」
「察せるかっ!! 一体どういう状況なんだこれは」
「まあ、察しの悪い殿方は嫌われますわよ」
「これで察しろというお前の対応が悪い! で?! 俺はエルヴィン様には黙っていればいいんだな?!」
「そうです、わかってるじゃありませんか」
そういってキッチンを去っていくレオンに、シャルロッテは「さすがこれだけの情報で伝えたいことをわかってくださるなんて」とという呟きはもう聞こえていなかった。
こうしてようやく完成したお菓子は、綺麗な包みに入れられた。
「ありがとう、ラウラ! ラウラがいなかったら私何もできなかったわ」
「い~え、シャルロッテ様の恋する気持ちは痛いほどわかりますわ~! さ、早く旦那様に!!」
「ええ!!」
ラウラに丁寧にお辞儀をしてキッチンを去ると、長い廊下を走る。
もう外は薄暗くなってきているが、エルヴィンの笑顔が早くみたいと願って駆けるシャルロッテには明るく感じられた。
ようやくエルヴィンの執務室に到着すると、そっと中を覗くようにドアをゆっくりと開ける。
部屋の中にはいつものようにペンを片手に仕事に追われるエルヴィンがいた。
シャルロッテの視線に気づくと、顔をふとあげて優しい顔つきになる。
「なにかあったの? シャルロッテ」
「あ、その、えっと、ちょっとだけいいかしら?」
「ああ、いいよ。入っておいで」
小さな声で「お邪魔します」というと、お菓子を後ろに隠すようにして入る。
そーっと近寄るシャルロッテの様子が挙動不審で、あまりにもおかしかったのかエルヴィンはくすりと笑う。
「シャルロッテ」
「は、はい!!」
がたんと椅子から立ち上がると、背の高いエルヴィンはシャルロッテの前で少し屈んで目線を合わせる。
そのまま頬に手をあてると、自身の顔をシャルロッテの首元に近づける。
「──っ!」
驚いたシャルロッテは飛び退こうとして態勢を崩して倒れそうになる。
「おっと」
間一髪で彼女の腕を掴み、支えるエルヴィンは申し訳なさそうな顔で呟く。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。甘い匂いがするなって」
「私もごめんなさい。その、えっと」
もごもごと何かを話すシャルロッテの様子を急かすわけでもなくゆっくりと落ち着くのを待つ。
「あの、ラウラに教えてもらって作ったの。エルヴィン様、気に入ってくださいますか?」
そういって差し出されたお菓子の包みを受け取ると、愛おしそうに抱きしめる。
「これのためにがんばっててくれたのかい?」
「気づいていたのですか?」
「たまたま用事でシャルロッテの部屋を訪ねたらいなかったから、ラウラに聞こうと思ってね。そしたら二人でキッチンで楽しそうにしてたから」
「恥ずかしい……見られていたなんて」
「ごめんね、でも私へのものだと知って嬉しいよ。食べてもいいかい?」
「はいっ!」
包みを結ぶリボンをそっと解くと、中から香ばしい甘い香りがする。
何個か入ったクッキーの一つを手に取ると、エルヴィンは口に運んだ。
「うん、美味しいよ」
「ほんとうですか?!」
「ああ、食べてごらん」
「ですが、これはエルヴィン様に……」
そういうと、エルヴィンは自分の口に一つクッキーを加えた後、それをシャルロッテの口に運ぶ。
顔を真っ赤にして受け取るシャルロッテは、思わずクッキーを落としそうになった。
「これで一緒だろう?」
「もぐもぐもぐ……」
「うまくしゃべれないシャルロッテも可愛いね」
そういってもぐもぐするシャルロッテを抱きしめるエルヴィン。
シャルロッテは恥ずかしさでなのか、クッキーでなのか呼吸困難になりそうになる。
「二人でお茶をもらいにいこうか」
「(ふんふん)」
しゃべることができないかわりに、首を縦に振って意思表示をする彼女の愛らしさに、今日もエルヴィンは心を打たれた──
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