第16話 幼馴染の計略
「さあ、『国の使い』が3名やってまいりましたよ」
エルヴィンのその言葉を合図に、後ろにいたクリストフが前に出る。
その姿を見たヴェーデル伯爵は目を見開き、恐怖に溺れる表情を見せた。
「だ、第一王子……」
「ええ、私も直々にやってまいりましたよ。なんたって『冷血公爵』のお裁きですからね。生で見ないと」
そういってシャルロッテの肩を抱こうとするクリストフの手を、エルヴィンが払いのける。
クリストフが首をすくめて「冗談だよ」と言うと、エルヴィンは再びヴェーデル伯爵に向き直した。
その後ろでシャルロッテはエルヴィンに言われた一言を思い返していた。
「私の『冷血公爵』の仕事をみてほしいんだ」
シャルロッテはじっとエルヴィンを見つめ、黙って父親が裁きを受ける様子を見守る。
(ええ、しっかりあなたのお仕事を妻として見させていただきます)
シャルロッテの視線の先にいるエルヴィンはゆっくりと話し始めた。
「さて、ヴェーデル伯爵、あなたは領内の税金を8年前から不正に操作して国に報告していましたね?」
「いえ、そのようなことはございません」
「さらにいえば、先日その額を増やして領内から納められた税金の多くを懐に入れましたね?」
「全く事実ではありません」
「しらを切っても無駄ですよ」
目を泳がせながらもあくまで不正を否定するヴェーデル伯爵は、額から汗がにじみ出る。
その様子を見ながら、エルヴィンは手に持っていた帳簿を掲げる。
「ここに領内からの納められた正式な金額が記された帳簿があります。これを見てもまだ言い逃れしますか?」
「なっ!?」
ヴェーデル伯爵は慌てて自分の持っている書類や帳簿を見る。
そこにはあるはずの不正の証拠である本物の帳簿がなかった。
「探してもありませんよ、だって私の手元にありますから」
「くっ!」
「なぜ、とでも聞きたい顔をされていますね。そういえば側近のルーカスさんはどこにいますか?」
「ルーカスだと?! まさかっ?!」
そういうと、クリストフがドアの外から手を縛られたルーカスを連れてくる。
「ルーカス!」
「だましやがったな、この冷血公爵!! 自白すれば俺だけは逃がすって言ったじゃねえか!!」
「ふ、許すわけないでしょう? 私は『冷血公爵』ですよ?」
「ルーカス!! 裏切りおったのかああ?!!!!」
ヴェーデル伯爵がルーカスへの恨みを爆発させて叫び、ルーカスは冷血公爵ことエルヴィンに恨みを吐き捨てる。
「さ、これで不正は言い逃れできませんね。では次に移りましょう」
そういうと、クリストフの側近に連れられてヴェーデル伯爵の妻アメリ―と娘エミーリアが部屋に入ってくる。
「アメリ―……エミーリア……」
ヴェーデル伯爵の横に並ぶよう指示された二人は黙って俯きながら向かう。
「アクス公爵夫人より訴えがございました。アクス公爵とヴェーデル伯爵夫人が不倫関係にあると。ヴェーデル伯爵夫人、何か申し開きはありますか?」
「いえ……ありません」
「お前っ!!」
目を虚ろにし、全てをあきらめたかのような表情を見せるアメリ―はその場で顔を手で覆い、泣きながらへたり込む。
「よく認めましたね。不貞行為についてもヴェーデル伯爵はご存じで証拠も見ているそうですね。そうですよね、ヴェーデル伯爵?」
「私は知らない」
「あなたっ!!」
「私はこいつの不貞行為など知らんっ!!」
妻のアメリ―を裏切って自分は知らぬと言い張るヴェーデル伯爵に、エルヴィンは目をピクリとさせる。
「ただ、ヴェーデル伯爵家はアドルフ伯爵付きの執事に財産を盗難されていますね?」
「そ、そうなんです! 私たちは被害者なんです!!」
「安心してください、その盗難した執事も捕らえて今は獄の中にいます」
「よかった、じゃあ、盗まれた財産は戻って……」
「こないですよ」
「え?」
ヴェーデル伯爵の希望満ちた目と声は、エルヴィンによる冷たい一言で打ち消される。
「なぜですか! 私たちは被害者なのですよ?!」
「被害者、そのように思えますが、本当の被害者はあなたたちではなく領民のみなさんですよ」
「──っ!」
「あの財産は全て、不当に領民に納めさせた税。つまり国が認めていない徴収金です。これはあなたたちのものじゃない、ここの領民のものですよ」
ヴェーデル伯爵はそこまで調べられているとは思わず、もはや言葉を返せなくなっていた。
「さあ、最後に。エミーリア伯爵令嬢」
「──っ! はい……」
「あなたには個人的な『借り』がございます。わかっておいでですよね? 我が妻への冒涜の数々」
「ひぃっ! 許してください!! 私は父や母のように罪はおかしておりません! どうか! どうか!!」
「なっ! お前っ! 父親を見捨てるのか?!」
その言葉を聞き、エルヴィンはそっとシャルロッテの腕を引いて自分の隣に立たせる。
目の前には膝をつき、涙を浮かべるエミーリアがいた。
「すべて調べはついていますよ。偽の招待状でシャルロッテを呼び寄せ、まわりを扇動して侮辱の数々をおこなった。それを高みの見物で楽しんでいたそうですね」
(エミーリア様……見ていたのね)
「あれは、そう! アドルフ伯爵令嬢が言い出したのよ! 私は見てただけ!」
「おかしいですね、彼女はあなたから金貨を受け取ってやったと白状していますよ」
「なっ!」
「このことについて行政的には何も裁かれません。しかし、私は決してあなたを許さない。妻を傷つけて貶めた罪、償っていただきます」
観念したエミーリアは涙でぐちゃぐちゃの顔をあげ、姉であるシャルロッテを見る。
「シャルロッテ姉さま……申し訳ございませんでした」
「エミーリア……」
「王子、先ほど私から進言した処分でよろしいですか?」
「ああ、我が第一王子クリストフ・ハンクシュタインの名において許す」
「仰せのままに」
その言葉を聞き、エルヴィンはヴェーデル伯爵たちの前に立ち、宣言する。
「重い罪を犯した者はこの王国で執政に関わる権利はない。今日(こんにち)を以って、ヴェーデル伯爵家から爵位をはく奪し国外へ永久追放とする」
ヴェーデル伯爵たちは絶望の色を見せ、うなだれながらその場から動かなくなる。
やがてしばらくして、伯爵たちは己の非を棚に上げ他の者を責めて喚いた。
シャルロッテはその様子を物悲しそうに見つめていた──
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