第10話 崩壊の始まり~Sideヴェーデル伯爵家~
エミーリアはとてもご機嫌に廊下をスキップするように歩いていた。
「やっぱりこのジュエルって最高だわ~♪」
欲しかったエメラルド色のジュエルを父親に買ってもらったエミーリアは、友人である伯爵令嬢の邸宅に行って見せびらかそうとしていた。
ドレスに着替えてジュエルを身に着け準備万端なところに、彼女の父親が焦った表情で廊下を走り回っている。
その様子を見てエミーリアは軽く声をかける。
「どうしたのお父様?」
「エミーリアか! ないんだよ!!」
「なにが?」
「金庫のうちの一つの財産がすっかり中身がなくなっている!」
「え?!」
エミーリアと父親であるヴェーデル伯爵は急いでその金庫のある部屋へと向かう。
部屋に入って本棚の隠し細工を外すと、中から金庫があらわれるが伯爵の言う通り中身はからっぽだ。
「なんで?! どうしてなくなっちゃったの??!」
「わからん! この隠し細工のことを知っておるのは、私たち夫婦とお前しかおらん」
「私最近ここの金庫なんて触って……あ……」
「どうした?!」
エミーリアの動きが止まり、その顔はどんどん青ざめていく。
「まさか」と小声で言ったあと、エミーリアの身体は震えて止まらなくなった。
彼女の脳内にシャルロッテへ偽のお茶会の招待状を送ったときのことがよぎる。
◇◆◇
シャルロッテに偽の招待状を届けたアドルフ伯爵家の執事とエミーリアが金庫の前で話している。
「こちらの招待状をシャルロッテ様にお届けしたらよいのですね?」
「ええ、伯爵令嬢にはたんまり金貨を渡しておくわね」
「エミーリア様の私財でございますか?」
「いいえ、お父様のものよ。うちにはいくつも金庫があるくらい財産があるの! しかもどれも隠し細工でわからないようにしてるから安心よ!」
「そうなのですね、隠し細工……」
「そ、だって本なんて読まないんだから本棚があっても意味ないでしょ? せめて活用しなきゃ!」
「本棚ねえ……」
その執事はエミーリアが背を向けている隙ににやりと笑った。
◇◆◇
「バカかお前は!!!! なんてことをしてくれたんだ!!!!」
「申し訳ございません……」
ヴェーデル伯爵はエミーリアをすごい勢いで怒鳴りつけ、顔を真っ赤にしている。
「じゃあ、その執事とやらにかすめとられただけでなくアドルフ伯爵令嬢にまで金貨を渡していただと?!」
「はい……」
「それにシャルロッテに手を出したとあれば、『冷血公爵』になにをされるかわからんぞ!! わかっておるのか!!」
エミーリアは涙を浮かべ、その場にぱたんとへたり込む。
「泣いて済むと思っているのか!! あの金庫は一番財産を多く入れていた金庫なんだ!! うちの財政が傾いてもいいのか?!」
「お許しください、お父様! エミーリアは悪気があったわけじゃないんです」
「悪気があるない関係あるか!! お前にやったジュエルは全て回収させてもらう!」
「そんなっ!!!」
「それと、今後しばらくは家から出ることを禁ずる!」
エミーリアは目を見開き、大粒の涙をこぼしながら床に手をつく。
ヴェーデル伯爵はその様子を気にも留めず、近くにあった美術品の長細い壺を叩き割って去っていった。
シャルロッテのいなくなった実家に、崩壊の気配が漂っていた──
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