第8話 公爵様のご友人
シャルロッテが「立派な妻」修行をはじめてすぐの頃、アイヒベルク邸にはお客が来ていた。
自室で挨拶マナーの練習をしていたシャルロッテは、聞きなれない声を聞きつけてエルヴィンの自室前にいく。
中からは若い男性とエルヴィンが談笑する声がして、気になったシャルロッテはドアを少し開けて覗いてみた。
「それで、お前はあの時、俺の代わりに父上に叱られてな!」
「ああ、あの時は私の人生が終わったかと思った」
「子供のすることなんだから大目に見ればいいものを」
「いや、さすがに国の文書に落書きをしたら王だって怒るぞ」
幼い頃の話で盛り上がる二人の様子を、ドアの隙間から覗くシャルロッテ。
(なにやらめんどくさがりながらも、楽しそうなエルヴィン様。それに隣のかなり身なりのいい方どこかの貴族様でしょうか?)
シャルロッテが二人の様子を伺っていると、エルヴィンがその視線に気づいた。
「シャルロッテ、なにかあったかい?」
「あ、いえ! お仕事のお邪魔をして申し訳ございません」
シャルロッテはあたふたとしながら謝ると、頭を下げたときにドアに頭をぶつける。
「~~~っ!!」
「大丈夫かい?! シャルロッテ!」
ぶつけた反動で勢いよくドアが開くと、シャルロッテの姿が二人の前にさらされる。
すると、エルヴィンの横にいた身なりの良い若い金髪碧眼の男性が嬉しそうに声をあげた。
「君が噂のシャルロッテ嬢か! 会えて光栄だよ!!」
(私をご存じなんでしょうか)
シャルロッテはひとまず練習中だったカーテシーで挨拶をする。
金髪の男性はそれを見ると、すかさず品よく胸の前に手を当てて足を交差して引き、一礼する。
「クリストフ、お願いだからシャルロッテを怖がらせるなよ?」
「まるで俺が悪いやつみたいな言いぐさじゃないか!」
「実際そうだろう」
「ひどいっ! エルがそんな事を言うなんて、幼馴染として悲しいぞ」
エルヴィンは大げさなリアクションを取るクリストフを放置し、シャルロッテに「おいで」と言って部屋に招き入れる。
シャルロッテは邪魔じゃないだろうか、と心配しながらゆっくり二人のもとに近づく。
「こいつはクリストフ。これでもこの国の第一王子だ」
「王子様っ?!」
シャルロッテは驚いて思わずもう一度カーテシーで挨拶をしてしまう。
「その言い方はひどいぞ、エル。従兄弟の仲じゃないか」
「従兄弟さま、ということはエルヴィン様も王族の方なのですか?」
「いや、私の父親が王の弟だったから公爵の位にいさせてもらっているだけだよ」
(なるほど。ではお二人ともやはりすごいお方)
「お前が溺愛していると聞いたからどんなご令嬢かなと思ったが、やはり可愛らしいお方だな」
そういってクリストフはシャルロッテに近づくと、彼女の手の甲に唇をつける。
「え?」
「なっ!」
クリストフはすくっと立ち上がると、一礼をしてシャルロッテに挨拶をした。
「シャルロッテ嬢、ぜひこのクリストフとも仲良くしていただきたい」
「え、ええ。もちろん。よろしくお願いいたします」
慌ててお辞儀で返すシャルロッテは、ただのお辞儀かカーテシーかわからない中途半端な礼をしてしまう。
その様子を見てクリストフは優しく微笑むと、エルヴィンに話しかける。
「なるほど、これは溺愛する意味もわかるな」
「……」
エルヴィンの顔はひくひくと引きつってクリストフに怒りの視線を向ける。
「お前がそこまで感情を露わにするのを初めてみるよ」
「感情的になどなっていない」
「その否定がすでに感情的だ」
「それじゃあ、また来るよ」と言ってクリストフは二人に挨拶をしたあと部屋から出た。
部屋にはシャルロッテとエルヴィンが残される。
(とても不思議なお方です。それにエルヴィン様もとても表情が柔らかかった。気心がしれているのね)
「すまない、あいつがいろいろとちょっかいを出して」
「いえ、素敵なお方ですね」
「そうだな、いいやつなのは間違いない。それに公務では出来るやつだ」
「そうなのですね、エルヴィン様が楽しそうでした」
「私が?」
シャルロッテはエルヴィンに近寄って話を続ける。
「とても気を許されているのだろうなと」
「ああ、それは確かにそうだな。あいつは私が両親を亡くした時にずっと傍で励ましてくれた」
「ごめんなさい、聞いたら悪いことを聞きました」
「ああ、大丈夫だよ。もう昔のことだから。それに、あいつを一番信頼しているのは間違いない」
そういってふっと笑うエルヴィンの様子を、シャルロッテも嬉しそうに眺めていた──
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