第59話 お疲れの要さん
「生まれた赤ちゃんには会ってきたんですか?」
要さんをそのまま部屋に招き入れて、揃って炬燵に足を突っ込む。何をするでもなく、こうやって2人で顔を揃えてる時間って大事だ。
要さんは子守りにお疲れらしく、天板の上で腕を組んで顔を乗せてだらけている。
「生まれるまでほぼ丸一日かかったから、まだしんどいだろうし、今度にするって言って来た。星那の時に生まれた時がどんなものか見たし、急がなくてもいいかなって。それよりも、昨日は紗来ちゃんが帰ってから、なかなか星那が寝てくれなくて、泣きそうになっちゃった」
「要さんでも上手くできないことってあるんですね」
私は逆に一人だしって早々に寝ちゃったけど、要さんは苦労したようだった。
確かに要さんは子守りができるようなタイプにはあまり見えない。
「何とかなるかなって思ったけど、もう次からは一人では絶対引き受けない。紗来ちゃんも次は一緒にいて」
「私も戦力にはなりませんよ?」
「でも、紗来ちゃんのご飯は美味しいって星那は食べてたよ」
「それはよかったです」
好みの味付けも分からず食べてくれるか不安だったけど、食べてくれたと聞いて素直に嬉しかった。
「それに私よりこういうことは紗来ちゃんの方が向いてると思うんだよね」
「何の根拠もなくないですか?」
「紗来ちゃんの方がいろいろフォロー上手いでしょ?」
そうだろうか、と半信半疑なものの、確かに要さんは周囲がどうかよりも自分がどうかな人だ。
「でも、フォローするだけのスキルがなくてばたばたするのが私ですよ。今週だって、それで一杯一杯でした」
「今週忙しいって言ってたけど、何かあったの?」
毎日の要さんとのメッセージのやりとりも、今週はなかなか返事を打てなかった。仕事で忙しいとだけは伝えていたけど、詳しくは話せていない。
「新しいBPさんが入って来たんです。その説明の準備でずっと残業続きでした」
「だから紗来ちゃん今週は夜デートしてくれなかったんだ」
要さんと会う余裕もなくて、平日の夜デートを今週は急遽キャンセルした。お互い別の仕事をしてるから仕方がないと要さんは理解してくれたけど、会えないことがまたストレスになったりしていた。
「新しいBPさんってどんな感じ?」
「私より1歳上の男性で、明るい感じの人です」
「格好いい?」
「叶野さんみたいにではないですけど、割と格好いい方じゃないでしょうか」
要さんがほっぺたを膨らませたのが分かって、要さんでも気になるんだと思うとちょっと可愛い。
「要さんが気にする必要ないじゃないですか。仕事での付き合いなだけですから」
「浮気って、同じ職場で同じ時間を共有しあってる内にが多いって知ってる?」
そんな心配はしなくてもいいのに、と呆れながらため息を吐く。
「どう考えても要さんの方がもてますよね?」
「わたしはいつも断ってるから大丈夫。紗来ちゃんって迫られたら弱いでしょ?」
「迫った本人が言わないでください。あの時いきなりキスしましたよね?」
だって……と可愛く言われても、私の返事も待たずにファーストキスを奪ったのは要さんだ。
あれで、冗談じゃないんだって分かったのはあるけど。
「我慢できなかったんだもん」
「私があれで二度と近づかないでくださいって言ってたらどうしていたんですか」
「壊れることを恐れて踏み出せなかったら、変わることもできないでしょ? 紗来ちゃんに振られたら引き籠もりになってたかもしれないけど」
要さんが告白するということはそれだけの覚悟をした上でするということなのだろう。
「それ、結局私が要さんを引っ張り出さないといけなくなるやつじゃないですか」
もちろんとでも言うように微笑む美人は、手に負えない。
私はこの人を放っておけない星回りに生まれた気がする。
週明けの月曜日は定時に仕事を切り上げて、誰にも捕まらないようにと存在を消しながら会社を出る。
エレベータホールには人気はなくて、下のボタンを押してエレベータの到着を待った。
今週は水曜日まで出勤の予定で、木曜日は祝日、金曜日は有休休暇を取っている。
そうなると3日しか出勤しないので、急遽残業になる可能性もあるから早い内にチョコレートを買いに行こうと決めていた。
定時が過ぎたばかりのせいか中々エレベータが来なくて、やっと扉が開いたと思ったら上に行くエレベータだった。
複数台エレベータはあるけど、間が悪い時は本当に来るのが遅い。
ちょっと苛々を感じながらも、降りて来た人物に頭を下げた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
スーツを着こなした女性は叶野さんで、恐らく客先に行っていたのだろう。
「直帰しなかったんですね」
「残念ながら、この後会議があってね。くにちゃんに一人で帰社してくださいって言われちゃった。都築さんも今日は早いんだ」
今日は国仲さんも社にはいなくて、叶野さんと一緒に客先だったらしい。でも。国仲さんは直帰で叶野さんだけ帰社になったようだった。
叶野さんはPMというのもあるし、部門でも主力メンバーなので社内の会議に出ることも多いのは知っていた。
「その……チョコレートを買いに行こうかと……」
それだけで誰に渡すものかは知れてしまうだろう。
「なんか初々しい〜 でも、都築さんがあげるなら何でも大丈夫だよ」
「国仲さんにもそう言われました。叶野さんがもらって嬉しいチョコレートってどんなチョコですか?」
叶野さんも要さんと同じお酒を飲む人なので、参考までに聞いておこうと質問をする。
「うーん。どうだろう。最近は2人で楽しく食べられるものを選んで来てる気がする。自分が食べたかったからってよく言ってるし」
「叶野さんはチョコレート苦手なんですか?」
「仕事中に頭を使った時とかは欲しいけど、家ではほとんど食べないかな。まあ、あったら食べるけどね。でも、好きな人に貰えるだけで嬉しいからそんなに悩まなくていいと思うよ」
「有り難うございます」
「今からでも都築さんにチョコレートもらって、にやけてる顔が想像できちゃうな〜 ほら、中身はエロ親父と変わらないでしょ?」
「…………ちょっと、そんなところありますね」
かなり控えめに答えて、ちょうどエレベータが到着したので叶野さんとは別れた。
要さんは美人なのに、エロいし、すぐ触りたがるというのは事実なので、叶野さんの言う通りエロ親父的な部分はわりとある、かな。
まあ、私にだけだって言ってくれてるからいいんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます