第58話 日曜日

日曜日は何をしても空回りしそうだったので、2日続けて部屋でのんびりすることにする。


でも、旅行の準備をする気分でもなかった。


要さんがいないと落ち着かないなんて、最近要さんに依存しすぎなのは分かっている。


要さんと付き合い始めるまでは、一人でいることに苦痛や淋しさを感じたことなんてなかったのに、今は手持ち無沙汰になっている。


サボっていた資格取得用のテキストを開いたものの、やる気が起きなくてすぐに閉じた。来月に試験は受験予定なので、旅行の後から真面目に取り組めばきっと大丈夫だろう。


何をしようかな、と寝転がって炬燵に腰から下を突っ込んだままでPCをとりあえず起動する。


このマンションの防音効果はいまいちだけど、要さんの部屋から聞こえてくる音はない。子供がいればはしゃぐ声が聞こえてきそうなものだけど、もしかしたらもう星那ちゃんは帰った後なのかもしれない。


やりたいことがあったわけじゃないので、適当に動画を再生して、ぼんやり見ている内に睡魔がやってくる。


十分寝たはずなのに、悪いのは炬燵のせいだと理由をつけていつの間にか目を閉じていた。





「ごめんなさい。私は楠見さんとは付き合えません」


目の前には要さんが立っている。場所は要さんの部屋だとすぐに分かった。


要さんは口元を引いて、私の言葉を受け取ったと証として一度だけ頷く。


私は要さんが好きなのに、どうしてこんなことを要さんに言っているんだろうと、まずは考えが追いつかない。


「今までいろいろ引っ張り回しちゃってごめんなさい。わたしの誘いは下心ありだったんだ。そういうの嫌だよね。これからはもう誘わないようにするから」


要さんの目が沈んでいて、私まで悲しくなってくる。私は今要さんと付き合っているはずなのに、何故か要さんに付き合えないと断りを入れている。


「分かりました。すみません」


「紗来……都築さんのせいじゃないから、今日のことはもう忘れて」


一度私の名前を口に出しかけて、姓の方で要さんは言い直す。それは要さんが私に対して心を閉じた証のようだった。


それでいいのかって言いたいのに、私は考えていることと行動が一致しない。


今、手を伸ばさなければ要さんは届かない人になるのに、私は頷くだけだった。


「失礼します」


そう言って私は要さんの部屋から飛び出して、自分の部屋戻る。


唇を腕で何度も擦って、そのままベッドに正面から飛び込む。


その態度は、要さんの元に戻る気持ちが全くないことを示していた。





インターフォンの音が部屋に響いて私は目を開いた。


何時間経ったのだろう、外から差し込む光はもうほとんどなくて、日が沈み始めているのが分かった。


短めに2回響いたので、部屋の前のインターフォンからのものだろう。


応対に出るために身を起こして、明かりもつけずに玄関に向かって、鍵を外して扉を開く。


普段なら相手を確認するのに、寝起きで頭が回っていなかったのか、相手を確認するというプロセスが抜け落ちていたことに気づいたのは扉を開いた後だった。


「紗来ちゃん、ごめんなさい。寝てた?」


夕暮れ時の逆光で人の形だけが黒く沈んでいる。でも声で要さんだとは分かった。


「別れ、ませんでしたっけ?」


ふわっと口にした言葉に目の前の影が抱きついてくる。


「ごめんなさい。ごめんなさい。紗来ちゃんを追い返すなんてもう二度としないから」


「追い返す?」


何のことだろう、と記憶を探って、そんなことがあった気がすると頭の片隅で引っかかる。


確か要さんが姪っ子を預かることになって、人見知りをされたので無理に慣れさせる必要もないだろうと要さんの部屋を去った。


あれは昨日の夜のことのはずだ。


だとすれば、


付き合えませんって言った記憶は……夢?


「すみません。寝ぼけていたみたいです。要さんに『付き合えません』って言う夢を見ていました」


「それは良かったけど……やっぱり夢でも良くなくない!?」


「何でそんな夢見ちゃったんでしょうね」


あれは、多分私が要さんの告白を断っていたらどうなったかというシミュレーションだ。


どうしてあんな夢を見てしまったんだろうとは思うものの、現実じゃないというところまでは意識が戻った。


「ごめんね。恋人を優先しなかったわたしが悪いんだよね」


「事情があってのことなので仕方がないですよ。星那ちゃんは帰ったんですか?」


「うん。明け方に星那の弟が無事生まれて、昼からは義兄さんが自分で見るって言ってくれたから送ってきた」


「それはおめでとうございます」


「ありがとう。でも、紗来ちゃんといちゃいちゃしようって飛んで帰ってきたのに、いきなり別れたなんて言われて、心臓止まっちゃった」


「こっちが夢だったりしませんかね?」


ちょっとだけ意地悪をしてみる。


「紗来ちゃん〜」


「お疲れ様です。私も要さんに触れたかったです」


そう言うと、待ちきれなかったのか要さんの唇が私のそれに触れた。

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