第57話 星那ちゃんのお泊まり
要さんも星那ちゃんもご飯はまだだと言うので、私の部屋から食材を持ってきて夕ご飯の準備に掛かった。要さんはその間に、星那ちゃんの荷ほどきと、部屋の中で星那ちゃんには危険そうなものを片づけている。
要さんのお姉さんだけならこの部屋には来たことがあるらしいけど、星那ちゃんが来るのは初めてとのことだった。預かる予定もなかったので、要さん自身もばたばたしているのは見ていて分かった。
星那ちゃんが2歳とは聞けたものの、食の好みはさっぱり分からないらしいので、インターネットで検索をしながら、その年齢で食べられそうなものを作ってみる。
「紗来ちゃんって器用だよね」
「レシピ見ながら作ってるだけですよ?」
片付けを終えた要さんが廊下にあるキッチンにやってきて、後ろから覗き込んでくる。
ちゃっかり腰に腕を回してきて甘えてくるあたり、いつもの要さんだった。
「わたしだったら自分と同じものをそのまま食べさせちゃうから」
「要さんは、やってみて駄目だったら考える人ですからね」
何度心臓に悪いことをされたことか、最近そんな要さんの性格に少し慣れてきた。
要さんは頷きながら私の背に抱きついたまま、ごろごろしてる。ちょっと料理の邪魔だけど、それを言えば拗ねるのは分かっていた。
それに、くっついているのが気持ちいいのは私も同じなのだ。
「要さんって他にも兄弟いるんですか?」
「2つ上の姉だけだよ。姉とは外見は似てるって言われるけど、性格は全然違う。長女だけあって姉の方がしっかりしてる」
「仲はいいんですか?」
「普通じゃないかな。時々行ったり来たりはしてるけど、最近は妊婦だったから、LINEでしかやりとりしてなかったけど。今朝は前触れなく電話で起こされて、いきなり来いなんだもん。紗来ちゃんと1週間ぶりにいちゃいちゃする予定だったのに」
それは私も立てていた予定で、最近要さんと似たものになってきている。
感化されすぎかな。
「出産なのでそれは仕方がないんじゃないでしょうか。でも、システムトラブルで呼び出されたのかなって思ってました」
「それは大丈夫。休みの日は会社携帯見ないから。紗来ちゃんとの時間の方が大事でしょ?」
「自分の欲望に要さんが素直なのは知ってます。そろそろできますから、要さんはくっついてないで、できあがったものを運んでください」
渋々頷いて要さんは私から離れた。
料理を運んでいる内に星那ちゃんが目を覚まして、要さんと話をする声が廊下まで響いてくる。
いきなり姿を現したらびっくりさせるかも、と部屋に入るべきかどうか迷っていると、要さんと星那ちゃんが廊下を覗き込んでくる。
「星那、お姉ちゃんに挨拶できる?」
わたしを見て星那ちゃんは要さんの背後に隠れてしまう。
まあ、見知らぬ存在が行きなり現れたらそうだよね。
「要さん、やっぱり今日は帰ります」
幼子が両親と離れて、叔母であるとはいえ時々しか会わない要さんの家に来てるだけでもストレスだろう。出産のためにお母さんが入院しないといけないことは分かっているらしいけど、分かっていても我慢ができるかどうかは別だ。
ご飯ができたところなのが残念だけど、私はこのまま帰る方がいいと判断する。
「紗来ちゃん……」
「私の分が残ったら冷蔵庫にでも入れておいてください。また、明日にでも取りに来ます」
私は子供にはほとんど接したことがないから、泣かれたらどうしたらいいかわからないし、帰りますと再度伝えて玄関に向かう。
「すぐに星那も慣れるから、もうちょっといてもいいんじゃない?」
「要さんがそう思ってくれるのは嬉しいですけど、きっと星那ちゃんは要さんに甘えたいので、私がいたら気を遣っちゃいますよ」
まだ要さんは何か言いたげだったけど、自分で鍵を開けて要さんの部屋を出た。
今週は平日は私が忙しくて、週末は要さんが忙しくて、こういう時もあるだろうと自分の部屋に戻った。
ちょっとは要さんに触れられたし、要さんも私といたいって思ってくれている気持ちは伝わったので良しとしよう。
家に帰るともう一度ご飯を作る気にはならなくて、インスタントラーメンでいいかと、電気ケトルでお湯を沸かす。
お湯が沸くまでの間に要さんからメールが入って、どうやらまだ諦められていないらしい。
今週は仕方がないですよ、と返そうと文字を打ち始めたところで、木曜日からの旅行ももしかして危ないんじゃないか、と気づく。
要さんのお姉さんは明日か、明後日には出産したとしても、すぐに退院できるわけじゃないだろう。お母さんもぎっくり腰だとすると、星那ちゃんを要さんが継続して預かるになるかもしれない。
来週の旅行キャンセルした方がよくないですか?
残念だけど、要さんの事情が事情だけに仕方がない。
メッセージを送ったところで、電気ケトルから丁度お湯が沸いた音がして、シンクの下から買い置きしていたラーメンを取り出す。包装を破っている最中に再度スマートフォンに着信があった。
絶対に行くから
要さんは諦めてはいないらしい。
なら、私はその日を待つだけだった。
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