第54話 追加メンバー

上村うえむらです。よろしくお願いします」


保守メンバーとして新たに入ってきたのは、1月までは別のプロジェクトに参加をしていたというBP(ビジネスパートナー)さんで、年齢は私より1つ上だと聞いた。


初対面の上村さんの印象は悪くはない。外見は爽やか系で女性には受けがよさそうな気がした。


私には要さんがいるので、もちろんそれは客観的な意見で。


でも、最近よほどじゃないと外見で心が揺さぶられることがなくなったのは、要さんや叶野さんを見慣れてしまったせいなのかもしれない。



上村さんは私に「何からしましょう?」と聞いてくれたけど、私が受け入れ準備をしていなかったので、すぐに返事が出せない。これならできそうかな、とまずはPCの個人設定と、開発環境の準備をお願いする。


上村さんの席は私の隣になって、時々質問が飛んでくる、あたふたしながらも、聞かれたことには何とか答えられた。


新人のフォローならやったことはあるけど、今までの私はほとんどが教えてもらう側だったのだ。これで分かるだろうかと上村さんの顔色を伺いながら説明をする。


平行でこれから担当してもらうシステムの業務についての資料準備も進めたものの、通常の業務ももちろんあるので、結局定時までには終わらなかった。


簡単に説明できるシステムなんてないってことだよね、と諦めつつも、明日の上村さんの仕事がなくなるので、残業するしかない。


「都築さんが残業してるって珍しいね?」


18時過ぎ、帰宅するのだろう鞄を肩に掛けた国仲さんから声が掛かる。


「上村さんへの業務説明の準備が全然できてなくて、今急いでしてます」


「そっか。なら仕方ないね。頑張って。全部を一気に伝えるっていうのは無理だろうから、概要からまずは説明するでいいんじゃないかな」


国仲さんの言葉はいつだって優しい。


「有り難うございます。きりいいところまでは何とかやろうと思ってます。でも、国仲さんが早く帰るのって珍しいですね?」


私は残業することが少ないけど、国仲さんが定時に帰るのはほぼ見たことがなかった。


自分の仕事ができるのは定時からと零しているのを聞いたこともあって、いつも質問をしてしまう方としては申し訳なさは感じている。


飲み会でもなさそうだし、叶野さんはまだ仕事をしているようなので、デートというわけでもなさそうだった。


「ワタシはちょっと買い物に行きたくてね。ほら、もうすぐバレンタインデーでしょ?」


バレンタインデーがもうすぐ、という言葉に、私はそっちも何も準備していないことに気づいてしまう。それは忘れていたというか、何かをしないといけない意識すらなかった。


だって、今まで恋人がいたことなんてなかったし……


来週は木曜から要さんと旅行に行って、帰ってきてすぐの週末が14日になる。そうなると旅行に出る前には準備しておかないといけない。でも、週末に出かけると要さんがくっついて来ちゃいそうだし、一人で買い物に出かけられるとすれば平日しかない。


「忘れてました……」


「チョコなんてコンビニでもスーパーでも買おうと思えばどこでも買えるからね」


国仲さんは優しい言葉を掛けてくれるけど、親しい人にお礼的な意味ならともかく、流石に恋人に渡すものはちゃんと準備したい。


要さんはイベント事が好きなので準備してくれている気がする。であれば、ホワイトデーに返すという手もあるけど、2月14日に何もなければきっと拗ねる。


自分で作るのは自信がないので、買うとしても、要さんに喜んで貰えるようなものにしたい。


ちょっと調べてから買いに行くとして、定時後にどこかで行くしかなさそうだった。


「最近迷惑を掛けっぱなしなので、ちゃんと選びたいです」


「それだけの理由なのかな? 残業がないなら一緒に行く? って誘うんだけどね」


「有り難うございます。今週は上村さん対応でバタバタしそうなので、どこかで隙を見て行ってみます」


「うん。じゃあ、残業頑張って」


国仲さんに言われなければ、取り返しが付かないことになっていたかもしれないと感謝しながらも、私は説明資料の準備に戻った。


今担当しているシステムは、保守をしている自分が分かればいいだったので、システム全体を纏めた資料は少ない。過去の開発時のものはあるけど、リリース後の変更内容が十分メンテされていなかったりするので、記憶を頼りにドキュメントの更新をしていく。


とはいえ、気はそぞろだった。


どうしてもチョコレートのことに考えが流れてしまう。



私と違って要さんは甘いものを食べられるけど、そこまで好んで食べる方じゃないことは知っている。


お酒も甘いものを飲んでいる時は、私に合わせてくれている時だ。


とはいえ、チョコレート以外の選択肢は思いつかなくて、ビター系とかお酒が入ったものとかがいいかもしれない。



最低限明日を乗り切るだけの資料作成ができたところで、残業は切り上げて帰宅をする。


帰りの電車の中では、もちろんスマートフォンであちこちのバレンタインフェアの情報を集めるのに必死だった。


定時後に行けそうな店はいくつか見つけて宛てはついたものの、今度はどのお店に行けばいいのかに迷ってしまう。


でも、恋人にチョコレートを渡すのなんて初めてで、渡す時のことを考えただけで胸の鼓動が早まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る