第53話 帰り道
バーからの帰り道、最寄り駅で電車を降りた後、マンションまでの道を要さんと並んで歩く。
要さんが珍しく黙ったままなので、顔色を伺ってみる。
怒ってるわけではなさそうだけど、疲れさせてしまったのかな。
「今日は有り難うございました。楽しかったです」
家が近づいた頃、誘ってくれたお礼を改めて言っておきたくて私から口を開く。
「梓、面倒くさくてごめんね」
「そんなことないですよ。いい人なんだなって思いました」
最後の方は酔った梓さんはちょっと呂律が回らなくなっていて、一人で帰れるか心配だったけど、途中までは一緒だという楓佳さんに任せた。
「梓はいい人かな?」
「梓さんはいい人だし楽しい人でした。楓佳さんは真っ直ぐな人だなって感じました。全然タイプが違うのに仲のいい友人なんですね」
「意外と世話好きなところあるから、梓は」
「要さんって、梓さんと付き合ってはいないですよね?」
気になっていたことをやっと要さんに聞く。要さんの好きな女性のタイプを私は知らないし、友人としての仲の良さなのか、元カノなのかはやっぱり気になってしまう。
20代前半の頃には遊んでいたという過去も今日発覚したし、あり得なくない。
「わたしが!? それはないなぁ。梓は悪友みたいなものだから」
「悪友って言っちゃうんですね。どれだけ悪いことしてきたんですか」
「自分にはどんな人が合うんだろうって、色んな人に声を掛けたくらいだよ」
「もうっ……要さんは、何人ぐらいと付き合ったんですか」
そんなに多くないよ、と要さんからの回答ははぐらかされる。
何だろう、この要さんのちょっと余所余所しい感じ。何か不機嫌にさせるようなことを言っただろうかと考えながら家の前に辿り着く。
「じゃあ、要さん、お休みなさい」
そう言った私の手首を要さんは強引に引っ張って自分の部屋に引き込む。
「要さん!!」
いきなりの行動に抗議の声を上げたものの、要さんにお構いなしに抱き締められてキスが重ねられる。
「急に何するんですか」
「だって、我慢してたんだもん」
子供が拗ねるみたいに要さんは言うけど、我慢していた理由に思い当たるものはない。
今日はバー以外では要さんのスキンシップが少ないなとは感じていたけど、意図的だったようだ。
「ほら、紗来ちゃん外で触れると気にするでしょ?」
「だから帰り道に黙っていたんですか?」
「そう。だって、下手にしゃべったら我慢できなさそうだったんだもん」
「それならそうと言ってください」
何かあったのかと心配したのだ。でも、私が気にするから我慢してくれたことは嬉しい。
「紗来ちゃんに触れさせて」
お風呂に入らせて欲しいと言ったものの要さんは頷いてくれなくて、そのままベッドに誘われる。
目を見ると確かに要さんがちょっと飢えてるのが分かった。
要さんの性欲のスイッチって何なんだろうと思いながら、こんな物欲しそうな顔をされたら逃げられない。
「眠いので、ちょっとだけですよ」
その答えの代わりに、要さんからのキスが重なる。
そのまま週末は要さんの部屋で過ごして、少しだけど今の自分の気持ちを要さんに伝えることもできた。
私は積極的に自分のことを話す性格じゃないので、自分の気持ちを相手に伝えるのは自分で考えてから言葉にしようって思ってしまう方だ。でも、要さんは思うままに話せばいいと言ってくれて、頷きながら話を聞いてくれた。
「巻き込んじゃってごめんね」
「そういうのは好きにならせる前に言ってください」
「そんなことできるわけないでしょ。どうやったら付き合ってくれるか考えるので必死だったんだから」
正面から要さんに両肩を抱き締められる。力を掛けたものじゃなくて、乗せるだけの緩い束縛は要さんの優しさを示しているようだった。
「要さんって、私のこと面倒だって思わないですか?」
「それはないかな。紗来ちゃん可愛いんだもん」
「答えになっていません」
要さんはいつだって私を包み込んでくれる。
それでも状況によっては、私に腹を立てることもあるだろうし、迷うこともあるだろう。
まあ、迷うのは誰にだってあるって分かったし、それを要さんとどう解決して行くかなんだろうとは思えるようになった。
今すぐ何もかもに答えを出す必要はなくて、後悔しないようにゆっくり考えて答えを出して行けばいいのだ。
そう思えたことで、週明け、久々に私は前向きに日常を始めることができた。
だって、私は要さんが好きで、今を諦めるなんて考えられないのだ。
私は自分が好きになった人は魅力ある人だって思ってるし、要さんといる時間が好きだった。
でも、出勤して、暢気に要さんとのことを考えるどころじゃない状況が私を待っていた。
年末からプライベートがいろいろありすぎたせいで、仕事に対しては気分が入り切っていなかったのは事実だった。
上司に2月から保守メンバーを増やすと軽く言われていたことを覚えてはいたけれど、自分が何をしないといけないかまでは考えられていなかった。
どうしよう。
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