第43話 友人

凛花と待ち合わせをして、ファッション系のテナントが多く入っているビルを、目当てもなく巡る。気になるものがあれば店に入って、これが可愛いとか、どれが似合うとか客観的な意見を貰えるのは有り難かった。


要さんは息をするようにおしゃれができる人で、そんな人の隣に並ぶのは何を着ればいいかいつも悩んでしまうのだ。


私は来月の要さんとの旅行の時に着る服が見つかって、凛花もスカートを1着買った。流石に歩き疲れたし、とドーナツ店で休憩をしようということになる。


「紗来から服を見に行かないか、なんて誘いがあると思わなかったな」


向かい合わせの2人席を確保できて、凛花はコーヒーの入ったマグカップを手に抱えながら、今日私から誘ったことを口にする。


確かに、今までみんなで盛り上がって集まったことはあるけど、私が誘ったのは初めてだった。


「いいじゃない。そういう気分の時もあるよ」


「そういう気分になったのには原因があるでしょ?」


私は要さんと付き合っていることを友人には話していない。


知っているのは叶野さんと国仲さんだけで、友達と言ってもそこまで頻繁に顔を合わせるわけじゃないし、こういうことは要さんとちゃんと話をしてからだと思っていた。


「原因って?」


「彼氏できたんでしょう? 見上くんがそう聞いたって、同期で広まってるよ」


そういえば、要さんがクリスマスに見上くんにそんなことを聞かれたと言っていた。


普段接点ないのに、同期ってどうして情報が回るのが早いんだろう。


「…………付き合い始めた人はいるけど」


「どんな人? 同じ会社の人? BPさん?」


「付き合い始めたばかりだから、まだ続くかどうかも分からないので言えません」


今突っ込まれることを避けようと、理由をつけてみる。


「ふぅん。でも、紗来のことだから職場でかな」


「何でそう思うの?」


「だって紗来って、自分からは告白とかできないでしょ? 出会いを求める場所に行くのも消極的だし、一番あり得るのが職場で告白されたじゃない?」


凛花は私のことをよく分かってるな、と感心してしまう。


多分要さんじゃなければ、今もまだ私には恋人はいないままだったのかもしれない。


「特徴は?」


「優しい人だよ」


要さんは一番始めに『美人』って言葉が出るけど、流石にそれはスキップする。


「それ、豹変するタイプもいるから気をつけなよ」


「豹変って? 襲われるってこと?」


「紗来、恋愛経験ないし、心配だな。男って自分の都合がいい時は優しいけど、都合が悪くなったら途端に掌を返す人もいるからね」


「多分大丈夫だと思う」


要さんに限ってそれはないだろう。


でも、以前要さんにも叱られたので、私は男性を見る目がないのかもしれない。兄や龍ちゃんは、無条件に私に優しかったし。


「どんな人かもっと情報出してくれてもいいのに……まさか、この前言ってた叶野さんじゃないよね?」


「叶野さん? 何か言ったっけ?」


何で凛花から叶野さんの名前が出て来るんだろう、と驚いたのは私だった。


「去年同期会で集まった時に、かっこいい人が誰かって聞いたら、職場の女性の先輩が格好いいって言ったでしょう、紗来は」


「そう言えばそんなこと言った気がする。叶野さんは格好いいって思ってるけど、恋人いるし、私の恋人じゃないよ」


「良かった〜 あの後カラオケで未玖と紗来がそっちの方に行っちゃったらどうしようって心配していたんだ」


「そっちって??」


「LGBTとか。そういう人がいるのは理解はするけど、身近になると話は別でしょ?」


「……そうだね」


凛花の言葉に私は頷くしかできなかった。


凛花は悪気があって言ったわけじゃない。


彼女にとっては、男性と女性が愛し合うことが当然なのだろう。


私もそうは思っていたけど、要さんに会って、要さんを知る中で、性別じゃなくて、要さんが大事だと気づいた。


でも、それは私の変化であって、周りが受け入れられるとは限らない。


両親が一番大きなハードルだとは思っていたけど、それ以外でも嫌悪する存在はいて当然だと気づく。


私の価値観を人に押しつける気はないけれど、周りの理解は簡単でないことを知った。





凛花と別れてから、要さんと話をした『人によって普通は違う』ことを私は思い出していた。


私の中で要さんという恋人がいることは普通だった。多少問題はあるだろうくらいには思っていても、異質なものとしては捉えていない。


でも、凛花にとっては違うのだ。


それはそれで仕方がないとは思っているものの、心に巣くったもやもやが消えない。


要さんに電話を掛けるのも躊躇われて、その日家に帰ってから夕食も取らずに早々にベッドに潜り込んだ。

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