第37話 要さんの部屋
要さんを残して、私は自分の部屋の前まで移動をして鍵を開ける。
要さんが何も言わなかったので、そのまま部屋に入って、背後で扉が閉まる音を聞いた。
国仲さんと叶野さんが付き合っていたことに今日は驚かされた。私と付き合う前に2人と要さんがやりとりをしていたことは、そんなことがあったんだくらいにしか思わなかったし、要さんが落ち込むような要因があったようには感じない。
それでも、何かあったから要さんの様子がおかしくなったのだろう。
私はこのまま黙って要さんが声を掛けてくれるのを待ってもいいんだろうか。
……だめだ。
それだと私は要さんにいつまでも頼りっきりになる。
ちゃんと、要さんと話をしたい。
踵を返して私は再び部屋を出る。
要さんの部屋の前に立ってインターフォンを押してみたけど、応答は返ってこない。
後できることとすれば、
手にしていたスマホで要さんにメッセージを送る。
要さん、もう少し話がしたいです
送信ボタンを押すと、すぐに着信を告げる音が耳に届く。
すぐ傍からのそれは、要さんが扉の向こうで立っていることを知らせた。
「要さん」
扉に向かって私は話しかける。
「要さんが開けてくれるまで、ここにいます」
私のスマホに着信があって、もちろんそれは要さんからだった。
今日は一人にして欲しいの
でも、それは聞けないお願いだった。
私は要さんといたいです
着信音がまた届いて、しばらくしてから天岩戸は開いた。
要さんらしくない冴えない顔に、手を伸ばす。
「辛いなら頼ってください。要さんは何でも自分で抱え込み過ぎなんじゃないですか?」
「…………」
精一杯背伸びして、要さんを抱き締める。
私はいつも要さんに抱き締められてばかりいた。でも、それだと要さんを抱き締める存在がいない。
「私がいない方がいいですか?」
「そんなことない……」
その答は、少なくとも要さんは私といるのが嫌なわけじゃないことを示していた。
「じゃあ、今日は一緒にいさせてください」
要さんの部屋に入って、いつものゲーミングチェアの方じゃなくて、ベッドに並んで腰を下ろす。
「せっかく今日は要さんに貰った服を着たのに、興味なしですか?」
「紗来ちゃん……そうじゃなくて……」
歯切れが悪いのは、まだ要さんが落ち込んでいる証拠だった。
「私が叶野さんを格好いいって、ずっと見てたのを怒っています?」
要さんは何に引っかかっているんだろうと探りを入れてみる。
「そんなことないけど……」
やんわりとした否定に、どうやらこれではないらしいと分かる。恐らく当たりだった場合、もっと明示的な、黙ってしまうとかになるはずだった。
「叶野さんが昔髪が長くて美人だったって聞いたので、要さんも髪を切ってああいう格好したら格好いいのかも、なんて今日は考えていました」
話の糸口を探ろうと、思いついた話題を口にしてみる。少しずつでも要さんの頑なさを解きたかった。
「わたしは流石に無理だよ。叶野さんは、目鼻立ちがきりっとしていて中性的な顔だから男性にも見えるけど、わたしはそうじゃないから……やっぱり紗来ちゃんは格好いい人の方がいいよね」
「年末に私の体を好き放題したのに、今更そんなことで落ち込まないでください」
「だって……」
「責任取ってくれないんですか?」
「……紗来ちゃんには迷惑かもしれないでしょう?」
いつもの要さんなら、こんなことは言わない。原因は分からないけど、重傷なことは分かった。
「迷惑だって私が言ったら、要さんは諦めるんですか?」
「…………」
「要さんと付き合い始めた頃は、まだ要さんをどう好きかわからないけど、好きだからいいかなってくらいでした。でも、要さんと一緒にいる時間が増えて、私も要さんを独占したいんだって気づきました。誰かじゃなくて、私は要さんがいいんだって」
「紗来ちゃん……」
「要さんが諦められるくらいにしか私のことを思ってないなら、もう知りません」
要さんから顔を背けて、要さんの反応を待つ。
「だめ、紗来ちゃんはわたしのだから」
要さんの体が被さってきて、そのままベッドに押し倒される。
相変わらず冴えない顔にしても、要さんはじっと私を見ていた。
まだ要さんは私を求めてはくれている。
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