第36話 理由

叶野さんと国仲さんの馴れ初めを一通り聞き終えてから、私は聞きたかったことを口にする。


「さっき楠見さんに叶野さんと国仲さんが私のことを心配して、楠見さんにいろいろ言ってくれてたって聞きました。でも、どうしてそんなに気にして頂いていたんでしょうか?」


「都築さんのことは、家で立夏がしょっちゅう心配だって言ってたから放っておけなかったかな。楠見さんのことは知っていたし、ちょっと呼び出していろいろ問い詰めたりしちゃった」


「あの時の叶野さんは娘を持つ父親のようでした」


「だって、うちの若手が弄ばれて傷つかないようにするのは、先輩の役割でしょう?」


「わたしが弄ぶことを前提に言わないでください」


叶野さんの前だと要さんはちょっと押し負けていて、珍しいものを見た感がある。


「楠見さんって、悪気なくそういうことしそうだから」


「紗来ちゃん、叶野さんの言葉を真に受けないで。わたしは紗来ちゃんと真面目に付き合ってるから」


隣に座っている要さんから腕が伸びてきて抱き締められる。


もうっ、と小さく抗議をしてから、分かってますと要さんを落ち着かせる。


「都築さんは無理してない? 何かあればいつでも相談してくれたらいいからね」


叶野さんが父親なら国仲さんは母親のようだった。


いつも何でも相談に乗ってくれて、去年だけでも何度国仲さんに助けられただろう。


「今は大丈夫です。叶野さんと国仲さんのようには行かないですけど、ちょっとずつ楠見さんには慣れて行っています」


「なら良かった」


「国仲さんは、どうして私のことをそんなに気にしてくれているんですか?」


「都築さんは可愛い後輩だから。楠見さんって、仕事の面ではしっかりしてるから安心できるんだけど、無理矢理元気な自分を作ってるみたいに感じることがあるから、純粋な都築さんがそれに巻き込まれたらしんどいんじゃないかなって思っていたんだ」


なんとなく、要さんをじっと見る。


「そんな騙していたのか、みたいな目で見ないで紗来ちゃん。そんなことしたこと、一度もないから」


「いい意味で都築さんが楠見さんを引き込んでるよね」


「そんなことした覚えがないですけど……」


「紗来ちゃんは何も考えなくていいから。国仲さん、やっと普通の恋人らしくなったんですから、かき回さないでください」


「楠見さんが本気で都築さんを大事にしてるなら、何も言わないよ」


「してます」


断言した要さんの言葉はちょっと嬉しい。


「まあ、都築さんと付き合い始めてから、楠見さんの雰囲気も変わったから大丈夫じゃない?」


そう言ったのは叶野さんだ。私はそんな意識はなかったけど、要さんそんなに変わった?


「都築さんを巻き込んで、飽きたは許しませんからね」


笑っているのに国仲さんの目は笑っていない。


要さんと国仲さんって、対等に見えていたけど、国仲さんが強い。ラスボスかもしれない。


「それは以前叶野さんにも言いましたけど、紗来ちゃんとのことは本気ですから」


「えと……なんで、こんな交際の許可を取りに両親に挨拶にきた、みたいな雰囲気なんでしょう?」


「じゃあ、うちの娘をどこの馬の骨とも分からないような若造にやれるか、って言おうか?」


「叶野さん、乗らないでください」


4人で楽しいランチの時間を過ごして、今日はびっくりしたこともあったけど、結果的には良かったと帰り道に叶野さんの車で私はそう思っていた。


先輩たちが私のことを心配してくれていたことは嬉しいし、要さんも本気で付き合いたいって思ってるって叶野さんを説得してくれていたことも嬉しい。


要さんに告白された時にプロポーズみたいな言葉だって茶化したけど、要さんは本当にそのくらいの覚悟をして言ってくれていたのだ。


要さんにくっつきたい気持ちはあるけど、叶野さんの車の中なので流石に我慢する。


家の近くで車を降ろしてもらって、また明日と言って叶野さん、国仲さんとは別れた。





2人になった後、マンションに向かいながら要さんは口を開かなかった。


いつもの要さんなら放っておいても手を繋いだり、腕に抱きついてきたりするのにどうしたんだろう。


話かけることもできずにマンションに入ってエレベータに乗る。


「紗来ちゃん」


「何でしょうか」


「いろいろ、ごめんね」


「いろいろって、何がですか?」


「叶野さんと裏でやってたことかな」


「叶野さんも国仲さんも私を心配してくれただけで、それに対して要さんが謝ることはないんじゃないですか?」


「……そうだね」


「要さんには後ろめたいことがあるってことですか?」


「それは違うけど……」


要さんはいつもと違って歯切れが悪い。


国仲さんと叶野さんが、私と要さんのことを知っていたのは、事情を聞けば納得したし、要さんを責める気はなかった。


むしろ反対されていたのをちゃんと説得した上で、私と付き合い始めてくれたのは嬉しかった。


それなのに、要さんの表情が晴れないのはどうしてか、私にはわからない。


「ならいいです。じゃあ、今日はここで」


要さんの部屋の扉の前で私は足を止めて、要さんに別れを告げる。


今日はこの先の約束をしていないし、今は一緒にいようって雰囲気じゃなかった。

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