第33話 帰宅
2人で並んでマンションまで帰って、私の部屋の玄関に入ったところで要さんに抱きつかれる。
駅前で抱きつかれた時は軽くだったけど、今度はぎゅっと抱き締められてなかなか離してくれないやつだった。
「もう、要さんは」
「お帰りなさい」
額がくっつけられて、要さんを見上げると唇が重ねられる。
「唇、冷たくなってますよ。家で待っててくれていいのに」
新幹線を降りた時に連絡をしたので、ある程度私が帰り着く時間の予測はできたのかもしれないけど、人気のないロータリーで5分待つのも辛い季節だ。
「だって、紗来ちゃんに早く会いたかったから」
「私も要さんに会いたかったです」
「……いつもの紗来ちゃんなら、5分くらいしか変わりません、って言うとこじゃない?」
「なんで、要さんが言うんですか」
確かにいつもなら言ってそうだけど、私にだって要さんに会えなかった淋しさはある。
「一緒に住んで、紗来ちゃんと離れなくていいようにしたいって思っちゃった」
「それはちょっと早すぎです」
調子に乗った人のほっぺをかるく指先でつねる。
「やっぱり駄目だったか」
「要さんが離してくれなさすぎて、私が音を上げる自信ありますから」
「えー、触れるのはちょっとは我慢するって言っても駄目?」
「可愛く言っても今はまだ駄目ですよ」
要さんは好きだし、恋人だという自覚はしている。でも、一緒に住む関係になるには、まだ私と要さんの関係は未熟だろう。
諦めのつかない要さんの独り言は聞かない振りをして、話題を変える。
「要さん。明日初詣に行かないですか?」
「初詣? いいけど、どこに?」
「どこに行くかは考えてなかったです。近所で有名な神社とかお寺探してみます?」
「じゃあ、クリスマスプレゼントの服も着て欲しいなぁ」
要さんのおねだりに、しょうがないですねと頷くと、再び引き寄せられてぎゅっと抱き締められる。
「紗来ちゃんに絶対似合うから」
「そういう期待を掛けられると着づらいだけなんですけど」
要さんのお眼鏡に適うかどうかは、私にとってはなかなかハードルが高かった。
私が疲れているだろうから今日は一緒に眠るだけでいいから、と要さんに強請られて、その日も要さんは私の部屋に泊まることになる。
ベッドに並んで入って、離れていた間のことを互いに報告しあう。
「要さんは実家に帰った以外、どこにも行かなかったんですか?」
「食料を仕入れに出たくらいかな」
「それ以外はゲームしてたってことですね」
「いいじゃない」
あっさり要さんはそれを認める。
そのうち要さんにゲームと私とどっちが好きなんですか、って言ってしまいそうな気がする。
「要さんって、何がきっかけでゲーム好きになったんですか?」
「大学の頃、好きだった相手に振られてからかな」
「女性ですよね?」
「わたしは男性を好きになったことないからね。向こうはわたしを恋愛対象にはできない、ってまあ当然なんだろうけどね。その時に流行ってたゲームのヒロインが、振られた相手に似てたの」
「諦められなかったんですね」
要さんらしくないな、とは思ったけれど、要さんだってそんな繊細な部分はあるだろう。
「誤解しないで。今は何とも思っていないし、今大事なのは紗来ちゃんだから」
「じゃあ、もし私と別れたら、私に似たキャラクターをゲームで探すんですか?」
「触れることもできずに淡い恋で終わったならまだしも、紗来ちゃんにこうして触れた記憶があるのに、ゲームでなんて置き換えられるわけないでしょう?」
要さんの腕が腰に回ってきて、体が触れあう距離まで引き寄せられる。
人を好きになるのは自分にとっては一大事だけど、付き合って、体を触れあわせると、相手との距離は一気に縮まる。それは、ゲームでは感じることができないものだってことだろう。
「じゃあ、要さんはどうして今もゲームが好きなんですか?」
「オンラインゲームって、見えない相手との交流になるじゃない? そういうのが楽しいかな。年齢も性別も本名も外見も知らないのに仲良くなれるから、自分と同じ目線じゃない人がいるのは楽しいよ」
「……意外と真面目な理由があって、びっくりしました」
「えーっ、紗来ちゃんひどい」
同じように家に籠もっていても、要さんはインターネットを通じて外に開けていて、私は同じようにインターネットを使っていても自分に閉じている気がした。
それが私と要さんの違いで、要さんを尊敬するところなのかもしれない。
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