第8話 隣人

2人で並んで夜道を歩きながら、楠見さんに少林寺拳法部に入った経緯を聞く。


身を守る術を身につける目的でじゃなくて、単に友人に誘われたから入ったらしい。でも、しっかり身になっているところがすごい。


曲がり角で、ここを曲がりますと声を掛けながらマンションの前までたどり着く。


「ここ?」


「はい。そうです」


「わたしもこのマンションに住んでるんだけど。偶然……でも、寮扱いなら選択肢が限られているから、あり得るのかな」


「私は寮扱いにしてもらっています」


「わたしと一緒か。休みの日にご飯とか誘っちゃおうかな」


「予定が空いていたらいいですよ」


じゃあ、連絡先を教えてと言われて、エレベータが来るまでの間に個人携帯で連絡先を交換する。


エレベータに一緒に乗り込んで階を聞かれたので、5階と答える。


「何号室?」


「508です」


「ほんとに? わたしは507なんだけど、まさかの隣!?」


「そう、なんですか。こんなことってあるんですね」


私にとってはもう2週間前に判明している事実だけど、楠見さんに合わせて反応を出す。


「わたしもびっくりしてる。これはあれかな。都築さんともっと仲良くなれってことかな」


「嫌じゃないですか?」


「どうして?」


「家はプライベートの空間なのに、隣に会社の人がいるって」


「それぞれ部屋があるから同室ってわけじゃないし、女性だし、わたしはそんなに気にならないかな。都築さんは気になる方?」


「いえ。大丈夫です」


気になるのは、以前聞いた声があるからで、そのことは言えずにお休みなさいと言って楠見さんとは別れた。





それから、楠見さんとは連絡を取り合うようになって、週末にはよく近くにご飯を食べに行くようになった。


一人暮らしだと、毎日毎日ご飯を作るのが億劫になるけど、休みの日に手を抜きたくても一人で出かける程じゃない。すぐ傍に誘いやすい存在がいれば、声を掛けるのは必然な気がした。


楠見さんとは近くの飲食店で気になっている場所に手当たり次第行こう、と話をしていて、今日はレトロ感のあるカフェに入った。


向かい合って座って注文を済ませると、待ち時間の間に視線を楠見さんに向ける。


「楠見さんって、週末は家にいなさそうなタイプかなって思っていたんですけど、そんなにお出かけはしないんですか?」


ほぼ毎週、土曜か日曜かどちらかに楠見さんから声が掛かっている。


私は休みの日は家で過ごしたい派なので、用があるなんてことは少ないけど、楠見さんは買い物に行ったり、デートをしたりで休みの日は家にいなさそうなイメージがある。


「どちらかと言えばインドアかな。1日部屋に籠もってゲームしてることもよくあるから。せめてご飯ぐらいは外で食べようかなって都築さんを誘ってるの」


「楠見さん、ゲームするんですか!?」


「しなさそうに見える?」


「見えます。思いっきりリア充に見えるので」


コントローラを握っている楠見さんなんて想像もしていなかった。むしろ、ゲームなんてしたことがありませんって言われた方がしっくりくる。


人を外見で判断しすぎかな、私。


「ゲームとリアル充は必ずしも相関関係にはないんじゃない?」


「それはそうですね。でも、どういうゲームしてるんですか?」


「普通のオンラインゲーム。気分によってやるゲームは違うけど冒険をしたり、狩りをしたり」


オンラインゲームと言われていくつかタイトルが浮かぶ。


「オンラインゲームやってるってすごいですね。私は時々ゲーム実況で見ることはあるんですけど、自分ではできそうにないなって見てます」


「そうなんだ。実況する人ほど上手くないけど、今度見に来る?」


「いいんですか!?」


好奇心の方が先にあって、私は翌週に行くと約束をすることになる。





翌週の土曜日は、お昼ご飯を一緒に食べて、そのまま楠見さんの部屋に一緒について行くことになった。


「殺風景な部屋だけど、どうぞ」


そう言って通された部屋の構造は基本は私の部屋と同じ、でも置いてあるものが違うと別の部屋に見えた。


手前にベッドがあって、奥のコーナにL字型のデスクが置かれていて、その上にモニターが2台並んでいる。イスも立派で、ゲーミングチェアというやつだろうか。


思っていた以上に本気度の感じられる部屋だった。


「本格的ですね」


「インフラ屋だからつい凝っちゃうんだよね」


「ってことは、パソコンも自分で組まれたんですか?」


「そうだけどパーツ買って、がちゃーん、がちゃーんって組み立てるだけだから、難しいことなんてないよ」


そうは言われたものの、きっと楠見さんだから簡単だと言えることだろう。


私のために楠見さんはファブリック地の丸椅子を用意してくれて、隣でPCを立ち上げるのを見守る。


「都築さんはどういうゲームが好き?」


「どきどきするのはモンスターを狩るやつです」


「じゃあ、そっちにしようか」


楠見さんの手にはコントローラーがあって、本当にゲームをする人なんだと実感する。


楠見さんからはゲームなんて想像できないので、彼氏の影響で始めたなんだろうか。


すぐにゲーム画面が表示されて、楠見さんは自分のキャラクターを動かしながら、どういう仕組みかを説明してくれる。


楠見さんの使っているキャラクターは大剣使いで、弓とか間接的な武器使いかなという予測が一瞬で崩れ去る。


「接近戦は危険も伴うんだけど、入った時が気持ちいいんだよね。仕事でのストレスを発散するのにちょうど良くって」


「楠見さんががちゲーマだってことはよく分かりました」


「そうかな」


「そうです」


楠見さんは周りを伺って好機に仕掛けるタイプの人じゃなくて、リスク覚悟で突っ込んで行くタイプで、現実でもそうだったりするのかもしれない。

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