第3話 インフラチームとの打ち合わせ
翌日、インフラチームとの打ち合わせは1つ下のフロアの会議室を予約していて、国仲さんと2人で階段を降りる。
同じ会社でも別のフロアなんて滅多に来ないので、会議室を見つけるのにうろうろしてしまったけど、何とか予約した会議室にたどり着く。
中はまだ無人でインフラチームのメンバーの到着を座って待つ。
インフラチームの人にはこれまで何度かお世話になっているけど、いつもメールでやりとりが済んでしまうので、顔を合わせるのは初めてだった。
「国仲さんってインフラにも詳しいんですね」
「そんなことないよ。インフラの構築なんて全然できないし、設計段階で打ち合わせをしないといけないから、会話ができる程度には覚えただけだよ。
叶野さんはもっと詳しいから、ほとんど叶野さんに教えてもらったようなものだし、都築さんもこれから少しずつ覚えればいいよ」
「はい。有り難うございます」
私も国仲さんのチームに入れればいいのに、と思うくらいには私は国仲さんを慕っている。
もちろん、先輩として。
そこへ、
「お待たせしました」
会議室に入ってきた存在に、私は目を疑ってしまう。
それは、ごく最近見た存在だった。
「どうかしました?」
「
国仲さんは現れた存在を見て、『楠見』と確かに口にした。
今日待ち合わせをしていたのは、インフラチームの楠見要さんで名前から男性だと想像していたけど、女性だったらしい。
おまけに楠見さんは、先日すれ違った私の部屋の隣人だった。
でも、どうやら楠見さんはそのことには気づいていない。近所に住んでいるならまだしも、隣人となると逆に近すぎるだろうと、そのことには触れずに挨拶をする。
「失礼しました。都築です。今日はお時間を頂きまして有り難うございます」
「可愛い。国仲さん、この子持って帰っていいですか?」
いきなり背後から抱きつかれて、思考がフリーズする。後頭部が楠見さんの胸の膨らみにぴったりはまって、柔らかさに思わず我を忘れる。
「楠見さんは相変わらずなんだから。ごめんね、都築さん。びっくりしたでしょう? 楠見さんはちょっとスキンシップ多めな人だから、気にしないで」
「女性にだけですよ。日頃眉間に皺を寄せたおじさんたちばかりを相手にしてるので、潤いに飢えてるだけです」
「でも、都築さんは耐性なさそうだから、そのくらいで勘弁してあげて」
それで漸く私は楠見さんから解放される。
改めて向かいに楠見さんが座って、こんな綺麗な人にさっきまで抱きつかれていたのが信じられなくなる。
「じゃあ、始めましょうか。問い合わせをした内容はメールで分かってると思うから省略して、インフラチームの見解から聞かせてもらえますか?」
自分で考えていた今日の打ち合わせの進め方はどこかに飛んでしまっていて、代わりに国仲さんが話を進めてくれる。
楠見さんはグラデーションのネイルが入った手で、会議室のPCを操作して、自分のPCにリモート接続でログインする。
モニターに映し出されたデスクトップ上にはいくつかExcelが並んでいて、その一つが開かれる。
資料には、今回の件での調査内容が纏められていて、調査結果をかいつまんで説明してくれる。
目の前に座る美人が同じ会社で、しかもインフラのエンジニアだったなんて半信半疑だったけど、楠見さんがしゃべっている内容は、確かにインフラ担当としての調査報告だった。
「都築さん、今の説明で分かった?」
「なんとなくですけど……ミドルウェアのバグが原因でログが肥大化し続けてるってことですよね?」
「そう。バージョンを上げたらこのバグは直るんだけど、ミドルのバージョンアップをしたらアプリ側に問題が起きる可能性があるのよねぇ」
アプリケーションは作った後にテストをすることで動作を保証している。条件が少しでも変われば、同じように動くかどうかの保証ができないのは当然だった。
「アプリが乗っている部分ではないので、影響は低いと見ています」
「でも、アプリはバージョン上げての最低限の動作確認が必要になるね」
「それってどうやるんでしょうか?」
国仲さんと楠見さんの話について行けなくて、恐縮しながらそれを問う。
「やるとすれば検証環境のバージョンをまずは楠見さんに上げてもらって、アプリ側で動作確認をして、問題がなかったら本番環境に適用かな」
そこで漸く私は検証環境というものがあったことを思い出す。
「でも検証環境で確認するにも時間が掛かるし、楠見さん、ログってどんな感じで増え続けているか分かりますか?」
国仲さんの言葉に楠見さんはPCを操作して、グラフのようなものを画面に表示する。
「ログの増加はそこまでスピードは速くないです。3年でここまで増えただから、1日2日でディスクが逼迫する可能性は低いですね。ただ、このまま長期間放置は危険です」
「暫定対応として溜まっているログを消して、再度発生の時はその時にまたログを消すか。ミドルのバージョンを上げて、今後発生しない恒久対応にするか、どっちがいいか、かな」
「今回は暫定対応でもいいとわたしは思っていますが、ただこのミドルウェアは来年サポートが終了するので、遅くとも来年にはバージョンアップ作業が必要です」
「じゃあ、遅かれ早かれバージョンアップはしないといけないんだ。都築さんはどう思う?」
国仲さんに話を振られて、ついて行くのがやっとの私は、当然ながら自分の意見なんか出てこない。
「どちらがいいんでしょうか?」
「じゃあ、まずは工数見積もってから判断しようか。保守で貰っている費用で収まるのであれば恒久対応をしてもいいけど、そうじゃないなら費用も発生するから暫定対応しかないかもしれないしね」
「分かりました」
「楠見さんも暫定対応した場合と恒久対応した場合の作業工数、見積もって貰えますか?」
「分かりました。後ほどメールで連絡しますね。でも、国仲さんのところは、こんな可愛い後輩がいていいですね」
私は可愛げがない方だと自分では思っていたけど、流石に言い返すのは失礼かな、と口を噤む。
「いいでしょう。でも、インフラにも新人の女性が入ってくることないの?」
「いるにはいるんですけど、わたしには任せられないって、新人担当からはいつも外されてるので」
「どうしてですか?」
話をした限りでは楠見さんはインフラエンジニアとして不安なところはない。
新人教育は比較的年次が近い存在がすることが多いので、わざわざ楠見さんを外す理由があるのかと思わず口を挟んでしまった。
「どうしてだと思う?」
目の前で両肘をついて、含みたっぷりに微笑む存在は、男性ならこんな人を恋人にしたいと思うんだろうな、とそんなことを考えていた。
「実はすごく厳しいんでしょうか」
「そんなことないわよ。都築さんがインフラを勉強したいって言うなら、一から十まで丁寧に教えてあげる自信があるんだけどな」
「うちの若手をインフラに誘い込まないで欲しいな〜」
「大丈夫です。私は国仲さんを尊敬してますから」
目の前の存在に吹き出し笑いをされて、時間も来たことだしと、その日の打ち合わせはそれでお開きになった。
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