第6章 それからの2人
チャイムの音に玄関を開けると、笑顔の紗矢が立っていた。
「よっ♪ カノジョが遊びにきてあげたわよっ♪」
「お、おう。入れよ」
「え~、なにその冷めた反応……。嬉しくないわけ~?」
「もちろん、嬉しいよ。けど、まだ馴れなくって……」
「へえ、可愛いところあんじゃん♪ ――お邪魔しまーすっ♪ はい、これお土産の肉まんとあんまん」
「ありがと。んじゃ、コーヒー淹れる」
「よろしく~。うぅ、さむぅ~いっ」
すぐにお湯でインスタントコーヒーを溶かし、砂糖とミルクを入れて、持っていく。
「ありがと♪」
俺はなんでもない風を装って、紗矢の隣に座った。
「な、る、ほ、ど、ね♪」
「なにが、なるほど、なんだよ」
「べっつに~♪」
頬杖をついた紗矢が「にひひ♪」と俺に笑いかけてくる。
ドキッと鼓動が跳ねた。
紗矢は室内に来て暑かったのか、ブラウスのボタンをいくつか外して、胸元を少し開けていた。そのせいで、胸の谷間が覗いていた。
「っ!」
み、見るなよ。いくら恋人同士になったからって、そういうのは良くない。うん、覗きじゃないんだ。
それでも悲しい男のサガか、どうしても目が吸い寄せられ、そのたびに我に返って、目を反らす――それを繰り返した。
「――ね、キス、したい?」
「! なんだよ、いきなり……」
「正樹は、あたしとキス、したくないわけ? どうなの?」
「……まあ」
「まあ? そっか、その程度かぁ。その程度じゃあ、あたしの唇はお預けねっ」
「したい! したいよ……っ!」
「素直でよろしいっ♪ それじゃあ、目、閉じて」
「……あ、ああ」
唇に柔らかく、温かな感触が触れる。
ん? でもこの感触……。
目を開けると、
「肉まん!?」
「あはは! ざんねんでしたっ♪ はい、肉まん、半分こ♪」
「お、俺の純情をからかいやがって……!」
「なーにが純情よー。キスしたいとか、煩悩の塊じゃん♪」
「うっ」
「本当にキス、したい?」
「もういい」
「えー、拗ねないでよ♪ 今度はホントにしてもいいよ。ただし、ゲームに勝ったら、だけど」
「よし、どんとこいだっ。絶対に勝つっ!」
「あははは♪ やる気ありすぎっ。ま、望むところだけど。勝負はね、何回、あたしの胸を見たでしょー」
「なんだよ、そのゲーム」
「この部屋に来てから、正樹が何回、あたしの胸の谷間を見たのか、当てるの。近かったほうの勝利っ♪」
「お、俺は見てないっ。見てないぞ……」
「さあ、それはどうかな~♪」
紗矢は制服の胸ポケットから取り出したスマホをテーブルに置き、画面をタップすれば、動画が再生される。
そこに映っているのは、玄関前。
『……んー、これくらいでいいかな。よしっと。さあ、ゲーム開始♪』
紗矢の笑みの混じった声。部屋に近づき、チャイムを鳴らすと、俺が出てくる。
『よっ♪ カノジョが遊びにきてあげたわよっ♪』
『お、おう。入れよ』
さっきの一連のやりとり……。
「ちょ、ちょっと待てっ!」
俺は慌てて、動画の再生を止めた。
「なによ♪ どーかしたの?」
「……お、俺が悪かった……ごめんっ」
「ごめん、じゃなくってさぁ。何回かを当てるの♪」
「……や、やらなきゃ駄目か?」
「駄目じゃないけど、今日のキスはお預けになるけど、いいの?」
「……じゅ、十回……」
「あたしはぁ、三十回?」
「そんなに見てるかっ。くっそぉ。バカにしやがって……」
「ほら、手を離して。再生できないじゃん」
頼む、数分前の俺! 恥をかかせるなよ!
そう祈るような気持ちで固唾を呑んで、動画を見る――。
「あははは! 二十四回とか! マジ見過ぎなんだけどっ♪ ヤバッ! お腹、ちょー痛いっ! マジウケるんだけどっ♪」
「くううう!」
「はい、あたしの勝ちっ♪ 十回とかさぁ、正樹、自分のこと分かってなさすぎじゃない?」「まさか、ブラウスの前を開けてたのが、意図的だったとか……」
「わざとに決まってるじゃん。人をどんだけ無防備な女だと思ってるわけ? これを機に、もっと反省しなさいよ♪」
「……はぃ」
「――っと、もう帰らなきゃ」
「送る」
「胸の谷間で興奮したからって、襲わないでよっ」
「襲うかっ」
「え~、襲うほど、あたしって魅力ないわけ?」
「そんなことはない、けど……」
「あははは! だからぁ、いちいちマジに反応するから、最高♪」
「……紗矢、お前、本当に俺のこと、好きなのかよ……。ただのオモチャ扱いの気がするんだけど」
「好きよ、好き好き」
「感情が一切こもってないっ!」
「もー。送ってくれるの、くれないの?」
俺たちは寒空の下、軽快に自転車を飛ばす。
「気を付けなさいよ。また抜き打ちテスト、やるから♪」
「か、勘弁してくれぇっ。あれは絶対に、何度でも見る……」
「じゃあ、余計にしっかり馴らしておかなきゃっ♪ 他の女の胸なんて、見て欲しくないし♪」
「……っ」
「どーしたのよー、いきなり黙って」
「今のはかなりぐっときた……」
「だからって、ガン見したらぶん殴るけどー」
「理不尽だ!」
「チラ見だから可愛げがあるってもんでしょー。ガン見したら、それ、ただの変態だし」
「彼氏としての特権は……」
「そんなのあるわけなでしょー。彼氏彼女の関係に夢見すぎっ」
紗矢の自宅のあるマンションの玄関前に到着した。
学校でも会えるし、週に何度も家で会ってるのに、いざ別れるとなると寂しくなる。
「……じゃあ、また明日」
俺は肩を落とし、ペダルをこぎかけた。
「あ、そーだ。正樹……」
「なんだ、忘れものでもしたのか――」
振り返ったその時、柔らかな感触が唇に触れた。
「じゃねっ♪」
俺が戸惑っている間に、紗矢は手をひらひら振りながらマンションの中に消えていった。
やっぱ紗矢にはかなわない。
からかい好きな幼馴染みの頬が染まる時 魚谷 @URYO
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