第3章 揺れる心~SIDE:紗矢

 放課後。商店街にあるコーヒーチェーンでホワイトチョコフレーバーの新作コーヒーをテイクアウトとして、街中を歩く。


 何故か考えてしまうのは三日前、正樹に押し倒された時のこと。

 あれは事故、事故なんだから。

 そう誰に対してかわからない言い訳を、胸の内で呟く。


 後頭部をさする。あいつの手、あんなに大きかったっけ?

 幼馴染という関係は難しい。

 相手のことをいつまでも小さな頃のままだと思ってたら、唐突に大人だということに気付かされる瞬間がある。

 そういう時、どういうリアクションを取ればいいのか分からなかった。


 今でも目を閉じると、間近にせまった正樹の顔を思い出せてしまう。

 思い出すと、頬が火照り、脈が速くなった。

 あともう少しで、唇が触れあってしまうような距離感。

 あいつに、私の息、当たっちゃってたのかな。

 出来る限り顔を背けて息遣いが当たらないようにしたし、呼吸も浅めにしてたけど、どうだろう。


 ああもう! どうして、あたしが正樹のことであれやこれや考えて、悩まなきゃいけないのよっ。

 あたしはいつだって、正樹に対して優位でいたいのに!


 自分でもよく分からない、やり場のない感情に戸惑う。

 このせいで正樹と話す時、なんとなくぎこちない。

 正樹はどうだろう。あの時のことに対して、何か思ったりしてるのかな。

 話す時も目を合わせられてないから、あいつがこの間のことに対してどう思ってるのか――あたしみたいに悩んだりしてるのかどうか、分からない。

 でも正樹は単純だし、ただのちょっとしたハプニング程度にしか思ってないかも。


 明日のバイトの帰りは、どうしよ。

 別に無理して、あいつの家に寄る必要はないけど、でも、すっかり習慣になってしまっているし……。

 でも家にいったら、絶対、押し倒された時のことを思い出すだろう。


「~~~~~っ!」


 あの時の感情が蘇り、身悶えたくなってしまう。

 やっぱり変。

 あたし、変だ。


 コーヒーを飲んで落ち着こうと思ったはずなのに、失敗した。

 味なんてよく分からないまま、気付けば飲みきっていた。

 結構、高かったのにい……。


「――先生! 早く行きましょ、早く早くっ!」


 十メートル先のコーヒーチェーンから、ボブヘアの女の子が飛び出し、黄色い声をあげた。制服は、近所にある私立中学校のものだ。


 子どもは元気だねー。

 そう思った矢先、少女の続いて店から出て来た正樹の姿に目を瞠った。


「実咲ちゃん、走ったら危ないって」


 なんで!? なんで、正樹がここにいるの!?

 それよりも何よりも驚いたのはあたし自身の行動。あたしは咄嗟に、路地に隠れてしまったのだ。

 隠れるのおかしくない!?

 自分自身につっこんでしまう。


「この新作フレーバー、ずっと飲みたかったんです!」

「それじゃあ、これで勉強、がんばれそう?」

「あともう一カ所だけ、付き合ってくださいよぉ」

「え、まだどこかに行くの?」

「そうでーす。先生だって息抜きは大事って言ってるじゃないですかぁ!」

「そうだけど……って、うわ、実咲ちゃんっ!?」

「さあ、行きましょ、せんせーっ!」

「わ、分かった。分かったから、引っ張らないでくれ……!」


 はあ!? あの子、公共の場でなにしてんの。腕に抱きつくとか!

 正樹、あんた、ロリコンじゃないんだから、振りほどきなさいよ!

 あいつ、人のことを押し倒しといたくせに、中学生に抱きつかれて、なに鼻の下を伸ばして喜んでるの!?

 信じらんないんだけどっ!


 そうこうするうちに、二人の姿が遠ざかっていく。


 ああもう!

 あたしは自分でもよく分からないむしゃくしゃした感情に突き動かされ、二人の後を追いかけることになった。



 二人が向かったのは、商店街から二十分くらいの場所にある神社。


 ここって……。


「――この神社、パワースポットみたいでー、受験生に人すっごく気っぽいんですよっ」

「ああうん、知ってる……」

「あ、先生もパワースポット好きなんですかぁ?」

「あははは……。ま、まあ……」


 あはは? まあ?

 なに、締まりのない顔で笑ってるわけ?

 あんたが高校入試の模試で悪い判定が出て落ち込んでた時、ここに連れてきてあげたの、あたしでしょ!

 合格祈願のお守りを買ってあげたの、忘れたわけ!?


 ていうか、神域に腕を組んで入っていくんじゃないわよ。

 神様に対する敬意とかないわけ? 家庭教師として注意するべきじゃないの!?


「ここのお守りって効果絶大みたいでーっ。実は自分で買うよりも、人に買ってもらったほうが効果があがるらしいんですよ?」

「そうなの?」

「はい! だから先生に買って欲しいんです! そうしたら、私、今以上に勉強がんばれると思うんです~!」


 言いなさいよ、幼馴染の超絶可愛い子にお守りを買ってもらったって!

 ただの家庭教師と生徒なんだから言えるでしょ!?


「……分かった」


 分かるんじゃないわよ!

 その中坊、完全に猫かぶってるから。今、中坊の手の平の上で転がされてるって自覚ある!? どんだけ、無防備なのよ!


「じゃあ、これ」

「ありがとう、先生! これなら、合格間違いなしだと思いまーすっ!」

「まあ、受験はまだ一年先だけどね」

「それじゃ、家に帰って、早速勉強教えてくださいっ!」

「お、おい、走ったら危ないって!」


 二人が神社から去って行くと、あたしは物陰から出る。


 正樹のやつ、デレデレしちゃって、ばっかじゃないの!

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