【最終話】猫おじさん、パーティを組む

「……ハチな、捨てられてたんだ」


 俺は、ハチと出会った頃の事をぽつりと零した。

 既にハチはたらふく食べた幸福感で眠りにつき、今はリオの膝枕でぐっすりだ。


「捨てられてた、ってどういうこと?」


 リオもハチを起こすまいと、静かに声を立てる。


「三カ月くらい前だ。俺はハチが町の子供たちにいじめられているのに遭遇した。助けたはいいが服はボロボロ、毛は汗や泥でギトギト。骨と皮だけで生きてるのが不思議なくらいだった」


 今は肉付きもよく毛もつやつやだ。見違えるほどにたくましくなった。


「家はどこかと聞くと、あるパーティのギルドハウスを教えてくれた。だが、集会所でそのパーティの話を聞くと、もう解散していてそのハウスも売りに出されていたそうだ」

「……ひどい話」


 だが、よくある話だ。

 恐らく、ハチの知らないところで内輪もめが発生し、誰も世話をするのがわずらわしくなって放置した、というのが大筋だろう。

 ハチは、パーティメンバーが返ってくると思ってずっと家を守っていたに違いない。

 果たしてそれは、いつからの話なのかは流石に聞くことはできなかった。


「さすがにな、家がないのもどうかと思って俺はそのギルドハウスを買ってハチにプレゼントしたんだ。そしたら『代金は絶対に返す』って聞かないんだ」

「ははあ、それで探索者ね」

「ハチはまだ幼い。稼げるほどのレベルになるにはまだまだ時間がかかる。だが、そもそもそんな理由で探索者になってほしくなかった俺は『Eランクに上がれば一緒にパーティを組んで、たくさん稼ぐ仕事をしよう』って…… 約束しちまったんだよ」


 金が目的で探索者になった奴は、たいてい早死にする。

 何人もそういうやつを見てきた。そして、だいたい例外がない。あったとしても大きな代償を払っている。


「なっちゃったわね、Eランク」


 依頼にあった納品の中に、かなりレア度の高い収集品があったらしい。特別ボーナスが付いて本日晴れてハチはEランクへと昇格した。

 受付時間ギリギリの報告だったこともあり、パーティ申請は後日と言うことで俺たちは夕食を食べていたわけだが。


「どうするの? やっぱりパーティ組まないの?」

「いや、組むさ。嘘はダメだ」


 ここまで素直に経験を貯めて目的を達成したなら、俺もそれに答えなきゃならない。ここで俺まで嘘をつけば、こいつを捨てたパーティと同じになる。あんな悲しい顔を、再びさせてはならない。


「私とは組まないくせに」

「お前は現役Sランクだろ!? 俺なんかよりも引く手あまたのはずだ」

「……ホント自覚ないんだから」


 リオの悪い癖だ。周りを見ないで自分のやりたいことばかりを追いかける。本来は同じ拠点にSランクが二人もいるなんてことは滅多にない。下手をすれば国が傾くほどの能力スペックを持っているのだから。


「さあ、もうすぐここも閉まる。ハチは俺が連れて帰るから、お前もこれ以上遅くなる前に帰れよ」

「はいはい。また明日ね」


 明日も付きまとうのかという突っ込みをする前に、リオは姿を消した。

 まったく、自覚がないのはどっちなんだか。




「おはようございます!」


 翌朝、俺は集会所の受付にやってきた。

 気持ちとしては、ハチより先に来て待っててやろうと思ったんだが、まさか先に来られていたとは……


「猫おじさん! 今日からよろしくお願いします!」

「しっかりしてね、リーダーなんだから」


 ……なんでお前がいるんだよ。


「リオ、ちょっといいか?」

「なに? 最初の依頼の相談?」


 リオは満面の笑顔だ。


「なんでお前がいるんだ?」

「ぼくがスカウトしました!」


 ハチが代わりに答えた。そのしっぽの動きが真実であることを物語る。


「は、ハチぃ!?」

「じつは、猫おじさんとパーティを組めたらやろうと思ってたことがあるんです」

「やりたいこと?」


 始めてだ。そんな話を聞いたのは。

 ……いや、ハチなりに話すタイミングを計っていたのかもしれない。


「ぼくの前のパーティさんを探しに行きたいんです」


 俺とリオの顔が曇る。


「あ、も、もちろんちゃんとお仕事はします! でも、どうしていなくなったのか、聞きたいし……」


 そんな必要はない、と声をかけてやりたい。

 だが、そう伝えることすらできないほどに、ハチは純粋な少年だ。


「だから、もっとたくさんの人とパーティを組んで、まえの皆さんをさがしにいきたいな、って」

「ハチ……」


 いかん、視界がにじむ。


「ま、まあ。まずはパーティの登録からだな」


 そこで、先ほどのリオのセリフを思い出した。

 メンバー登録の責任者リーダーの記入欄が空いている。

 ……ランクでいうならお前リオなんだけどな、ここは。

 だがあえて何も言わずに自分の名前をサインする。


「はい、受け付けました。今後も頑張ってください」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、まずはドラゴンの鱗でも取りに行く? 意外と簡単よ?」

「馬鹿。受けられる依頼はメンバーの一番下のランクまでって決まってるだろ? 忘れたか」

「えー! そうなんですか!」




 かくして。

 壮年の獣人たちは運命を共にすることになった。

 ここからたくさんの冒険と出会い、発見をするこになるのだが。

 それはまた、別のお話。


                                 完

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猫獣人おじさんの犬獣人ショタ観察日記 国見 紀行 @nori_kunimi

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