猫おじさん、犬の少年を追いかける
こんな芸当ができるのは、俺が知る中では三人。そのうち一人はここに居てもおかしくない。
「まさかと思ったけど、もう森に入っていたのね」
「……リオ」
はるか上空から音もなく舞い降りるその姿はまさに虹羽孔雀。エミリオーラ。得意の弓に自身の風魔法を乗せて、音より早く相手を射貫く。標的は気が付かないうちに死んでいるという神業だ。
「危ないって言ったでしょう! 近くにいたのが私じゃなかったら間に合わなかったかもしれないわ」
「悪いが、少し静かにしてくれ」
俺はハチの様子を遠目で確認する。
……大丈夫だ、こっちに気づいてはいないし、今のところ周囲に危険なモンスターは存在しない。うまく気配も消せている。
「でも、あなたとなら安心ね。対象モンスターも私ひとりでは不安だったし」
「そういえば、討伐がどうとか言ってたな」
俺は視線をリオに向けず続けた。
「そうよ。どうやら近くの山で『クラウドイーター』が巣を作ったらしくて、この森のモンスターを餌として狩りに降りてくるらしいの」
俺はその特徴を思い出す。
大空を縦横無尽に駆けるドラゴンの亜種だ。羽根が六対あり、とても素早く空を飛ぶので、雲喰いが飛んだあとは雲が散らされ、あたかも食べてしまったような跡が残る。
その飛行速度によって
「厄介だな」
「でしょ、だから早く討伐しましょう」
そう言うと、俺は中腰のまま歩き出す。
ところが、それを見たリオは突然俺の方を掴む。
「ちょ、ちょっと! そっちじゃないわよ」
どうやら、リオは俺が一緒に雲喰いを退治してくれると思っているらしい。
冗談じゃない。
俺はハチがちゃんと依頼を達成できるかを見届ける義務がある。
「悪いが、それどころじゃない」
「それどころじゃないって、どういうこと!?」
突然のリオの激高に、俺は多少圧倒されたが、言葉通りそれどころではない。
ハチの足取りからすれば、あともう少しで森を抜けるはずなのだ。
――パァン!
「!!」
この音はマズイ!
俺は全力で飛び上がり、周囲で一番高い木に飛び移る。
(せめて、この辺りだけでも!)
俺は腰に常備している『結界石』に手を伸ばし、空へ放り投げた。
石は放物線の頂点で粉々に砕け、辺り一面の邪気を払う。
だがそれは、俺の本来の目的の副産物に過ぎない。
石が爆ぜる音とともに、何かが破ける音があちこちから轟いた。
「よし、うまくいってるな!」
音がしなくなるのを確認した俺は、再び地上に戻りあたりを見回した。
もちろん、ハチに危害が加わっていないかを確認するために。
「なるほどね。あの速度で飛び回るなら、小さく飛び散った破片そのものが凶器になるってわけね」
「案外、体を軽くするために皮膜が薄かろうと思っていたが、当たっていたようだな」
と、そこで俺はとんでもないものを目にした。
まだ空中にいた雲喰いが、ハチめがけて飛んでいるところを。
「く。それだけは許さん!!」
俺は思わず、魔法発動用の小剣を取り出す。
軽く魔力を込めると、ちょうど雲喰いがハチを襲うために通るであろうあたりへ投げる。……よし、狙い通りだ。
「ちょっと、投げるの早すぎない?」
リオの言葉も聞き流しつつ、俺は集中する。
雲喰いも、ドラゴンの一種だ。先ほどは奴の速度に頼った攻撃だったが、生半可な技では太刀打ちできない。
読み通り、雲喰いも一瞬速度が落ちたものの飛行コースはそのままだ!
俺は練り上げた魔力を投げ込んだナイフに向けて、言霊と共に放つ。
「来たれ、深き闇の奥底にうごめく雷よ! 放て『招獄雷』っ!」
ほとばしる黒い雷は、ナイフに施された意匠の結晶石に導かれて、ちょうどその上を飛んできた雲喰いに命中した。
だが、それで終わらなかった。
周囲の空気を焦げ付かせながらも黒い雷は何度も何度も雲喰いをむさぼり、透き通った鱗が一つ残らず真っ黒に焦げついていく。
劣化し、役目を終えた鱗皮膚は剥がれ落ちるも地面に到着する前に雷の餌食になる。
そうして雲喰いの全ての細胞が真っ黒になるころ、ようやく雷は地上から消えていった。
「ふう、なんとかなったな」
だが、約一名はまだこの状況を理解していなかった。
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