猫おじさん、犬の少年を助ける

 ここからが正念場だ。

 実は、過去に冷静さを欠いて後を尾けていることがバレてしまった。

 これは彼の基礎能力を甘く見た結果だ。

 今回はきちんと最初から『潜伏』を使っているので、視覚・聴覚は完全に遮断される。あとは嗅覚さえ誤魔化せれば……


「お、ハチ。今日も採取依頼か?」

「はい! お仕事ご苦労様です!」


 町の出入り口で人の出入りを管理している衛兵とハチが話をしている。

 時々耳が衛兵と別の方向を向いたり、上を向いたり下を向いたりと忙しい。

 いつもの流れではあるが、今日は少し会話が長引いているな。


「じゃあ、気を付けろよ!」

「わかりました~!」


 ようやく出発か。

 いつもの採取依頼だと、コモン平野を抜けてコンドラ高台に行けば、目的の薬草がたくさん採取できるはず……


「確かこっちですね!」


 って、なぜ上級者がモンスターのレアドロップを求めて潜るドラバーンの森へ向かうんだ!


「さっき衛兵さんから『近道だから通っていきな』って教えてもらえてラッキーです!」


 あの衛兵めえええええええええええええ!

 戻ったら衛兵の本部にクレームを入れる必要があるな!


 そんなことを考えながら俺も町を出る。

 もちろん俺は衛兵のチェックはスルーだ。こんな三流に気取られるほど、落ちぶれてはいないからな。


 しかし、ハチがドラバーンの森へさしかかろうとしたその時だ。


<その森に何かあるのね、ヴォルト!>

<リオ!?>


 くそ、まだ俺の事を尾けてるのか!?


<あなたがずっと『潜伏』を切らないからずっと追ってみたら、町を出ていくじゃない。水くさくない? 私という相棒がいながら>


 悪いがお前を相棒と思ったことは無いんだが。


<ただの個人的な徘徊だ。危険はない>

<へぇ、そういえばさっき集会所で聞いたんだけど>

<何をだ?>

<今、その森から退避命令が出てるんだって>


 なんだと!?

 なら、今から向かっているハチにも危険が!


<ちょうど、Aランク以上にその詳細と討伐の詳s……>

<すまん、一度切るぞ!>

<あ、ちょっと!>


 俺は細心の注意を払いながらも急いで森へと向かう。リオとの通話でハチを見失いそうになったからだ。

 幸いにもハチは森の鬱蒼とした雰囲気に足を踏み入れるのをためらっていたようで、その姿は容易に発見できた。


「なにやら、不思議な森ですね」


 ハチは不安そうに耳は垂れ、尻尾も隠すように丸まってしまっていた。


「でも、ここを抜けてさっと依頼を達成できれば、次のランクは目の前です!」


 く、自分で自分を奮い立たせるとは、一流の探索者でも難しいというのに!

 しかしその勇気は今は無謀…… 早く何とかしないと!

 そんなこちらの心配をよそに、ハチはずんずんと森へ入って行く。

 

 一、二…… 大きな気配が二つ。小さな気配は六つ、か。小さい方はいつもなら樹上カマキリかダースハーピー。どちらも脅威ではない。あくまで俺の中で。

 問題は大きい二つの気配だ。

 しかも、一つはハチの向かう先に感じる。まずい、少し遠回りだが獣道のある方から行くか。


 森をぐるっと周り、パット見ではわからない獣道を見つけると、俺は迷わず侵入する。

 ハチが歩いたであろう倍の距離を詰めて、ようやく姿を見つける。


 ……樹上カマキリがハチを狙っている姿を。


「くっ、邪魔だ!」


 静かに自分の獲物を抜き、飛びかかろうとしたその時。

 俺の背後から鋭く空気を切り裂く音が一つ、樹上カマキリの急所を見事に貫いた。

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