猫獣人おじさんの犬獣人ショタ観察日記

国見 紀行

猫おじさん、犬の少年を見守る

 俺の名はヴォルト。猫の獣人で元Sランクの探索者だ。

 元と名の付く通り年がたたって今は引退し、後進の教育で日銭を稼いでいる。

 とはいえ毎日忙しいわけでは無く、今日のように仕事がない日は集会所で昼間から果実酒をあおるのも引退者の楽しみだ。

 ここは探索者の仕事あっせん所も兼ねた集会所。

 人の出入りは多く、種族も様々。中には子供に見える鼠の半獣人や年老いたセミの獣人もいる。

 そんな人種のごった煮のなか、俺はある気配を察知した。

(……来る)

 元Sランクの経験を活かし、自身の気配を周囲に溶け込ませる『潜伏』の技術スキルを行使する。周りには俺がここにいることすら把握できなくなったはずだ。

 これで、現時点で『アレ』にバレることは無い……


「こんにちわー!」


 周囲の雑音を真っ二つにするほどの透き通った挨拶。

 蝶番のきしむ音とともに、小さな犬の獣人が集会所に乱入してきた。


「お。ハチ! 今日もお勤めか?」

「うん! いいお仕事ありますか?」


 大きな耳をピンピンと弾かせながら、ハチと呼ばれた小さな探索者は近くのテーブルで管をまくCランクの獣人パーティに絡まれる。が、ハチは自分が絡まれているという認識はない。


「これなんかどうだ? 峠のマンハントウルフの群れの討伐」

「えー、ぼくじゃあ無理だよ」

「そうですよ、ゲロミチさんたちは早く依頼品の納品済ませてくださいな」


 ハチが絡まれているのを見かねた、狐の獣人で受付のミランダさんが助け舟を出す。


「もう一週間も探してるんだよ、見つかりっこねぇよ……」

「光るススキとか、どこのおとぎ話だってんだよな、リーダー」


 ぼやき始めたゲロミチ一行を尻目に、ミランダさんはハチを受付へと案内する。


「さあ、ハチさん。探索者パスをお願いします」

「はい!」


 ハチは元気よく尻尾を振りながらパスを提示する。


「……はい、Fランク前衛担当。もう少しポイントを貯めるとEランクへ昇格しますね。そしたらもう少し難しい依頼も受けられるようになりますから」

「うん、頑張ります!」


(そういえばあと12ポイントで昇格だったな、採取クエスト2回分か)


 俺は記憶を探り、残りポイントを算出する。目標まであと少し。


<ちょっと、ヴォルト!>


(!!)


 突然、魔法伝達会話の回線が繋がった。誰にも探知されない個人回線プライベートラインだ。


<エミリオーラか、久しぶりだな>

<久しぶり、じゃないわよ! なにがあったの? あなたほどの探索者が街中で『潜伏』を使わざるを得ないなんて>


 こいつは鳥の獣人エミリオーラ。Sランクの現役探索者で、今でも時々依頼の手伝いに駆り出されることもある。俺は引退したってのに『あなたほどの逸材がこんなところで埋もれていいわけがない』だとかなんとか。一応パスは持ったままだから問題はないが、今の俺の実力はせいぜいギリギリAランクってところだというのに。


<なにもない。安心してくれ>

<じゃあ、なんで『潜伏』なんか使ってるわけ?>


 ぐ、こいつはこういう細かいところに気が付くのが困る…… いや、助かった場面も多いんだが。


「じゃあ今日は峠の薬草採取の依頼です、お願いできますか?」

「はい、任せてください!」


 ハチは元気に挨拶し、依頼受諾書を大事に鞄へ仕舞う。


「行ってきます!」


 そしてその勢いのまま集会所を後にした。


<悪いなリオ。また今度>


 俺は回線を強制的に切り、誰にも知られることなく代金を机において集会所を出る。

 自身が風下になるよう、十分に注意しながら。 

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