第6話 悪魔によって明かされる事実と決意

 俺は二つの映像、そして三人もの人間が死ぬまでの瞬間を見届けると、目を開けた。そこに映っていた映像は、悪魔の言う通り、俺が駅に向かう途中ですれ違った人たちだった。


 一人目の女性。汐里は俺が居酒屋の近くを通ったとき、そのそばで騒いでいた二人組のうちの一人だった。


 だが彼女達の認識では、俺の存在はありふれた通行人の内の一人に過ぎなかったようだ。


 そして、俺が通り過ぎた後、その場で偶然にも居合わせた上司と遭遇し、逃げ始める。右往左往しながらも最終的には駅へと辿り着き、電光掲示板に映る人身事故の文字を見た。そこで電車に乗ることは諦め、右に回転するとまた走り出した。


 その後体力が尽き、車に轢かれて亡くなった。


 この内容から推察するに、俺がしでかしたことというのは、線路に飛び込んで電車を止めたことにより、彼女の逃げる手段を閉ざしてしまったことなのだろう。色々と思うところはあるが、一旦保留しておく。問題は次だ。


 二人目、そして三人目。二回目の映像では二人もの人間が同時に死ぬという内容だった。その二人組は、俺が何やら妖しい道を歩いていたときに絡んできた若い男女だろう。


 俺を無理に誘おうとして断られたのを悔い、偶然にも財布を拾ったため謝罪も兼ねて届けようとした。しかし駅に着くと、俺は既に轢かれており、見つけることはできなかった。


 そして前々から揉めていた暴力団の人間と出くわし、二人は刺殺されてしまった。


 この内容から推察するに、俺が二人に出くわしたことがそもそもの原因なのだろう。俺と出会わなければ駅に行く理由もなかったし、駅で刺されることもなかったはずだ。


 しかし、しかしだ。二つに共通しているが、俺の行動は直接的なしでかしではなく、あくまで間接的であり、副次的な影響のはずだ。


 一つ目のケース。例え俺が線路に降りていなくても、いずれにせよ体力が尽きかけているし、その後何か別のきっかけにより命を落とす可能性だってある。


 そして、二つ目のケース。これが最たるものだろう。俺と出くわしたことが原因だと推察したが、そもそもの問題が残っている。彼、本名はわからないがりょーくんとやらは、俺とは関係なく前々から暴力団と揉め事を起こしていた。


 ということは、遠くない未来、時期を待たずして殺されていたのではないか。沙紀に関しては例外だ。彼女はあくまでもりょーくんと一緒にいたために巻き込まれた立場の人間である。


 どうにも納得ができない。この一連の死は、果たして俺が悪いのだろうか? 俺を攻めるには筋が通っていないのではないか? そして、俺がいなくとも起こる結末だったのではないか? そう思えてならない。


「いや、お前が悪いのじゃよ」


 悪魔は唐突に言い放った。俺の考えを打ち切るかのようにして、またそれをさも当然かのようにして。


「なんだって? どうしてだ」


「なんでも何も、わしにはわかるからとしか言えないのじゃが……まぁよい、簡単に説明してやろう。まず一人目の女性、汐里だが、彼女についてはすべてお前が悪い。わしはお前が悪いことを知っているからな。なぜなら、わしは悪魔じゃから。このくらいお手のものなのじゃよ」


 いや、そんなことを言われても納得できない。俺は何もやっていないはずだ。どうしてそこまで言われなければならないのだろうか。


「言い訳無用。次に移るぞ。二人目と三人目については少々込み混み合っているのじゃがな。まずはお前が自殺しなかったらの話をしよう。二人を殺した暴力団の人間がいたじゃろう」


「ああ、中端組とやらの人間か」


「そうじゃ。あいつはお前が轢かれていなければ事故死していたはずじゃ」


 その言葉を聞き、思わず目を見張った。違う、俺じゃない。俺の責任なわけがない。


「一人目の女性、汐里を轢いた車があるじゃろう。あの車が中端組の人間を轢き殺すはずだったのじゃ。それなのにお前が電車を止めたせいで、汐里が代わりに轢かれてしまったのじゃ」


「な、なんだって」


 駄目だ、わけが分からない。なぜここで二つのケースが絡み合ってくるんだ。彼らは互いに何の関係もないだろうに。


「お前が人身事故を起こさなければ、汐里は問題なく改札を通って電車に駆け込むことができた。また、りょーくんと沙紀も、無事にお前を見つけることができ、財布を届けられたはずじゃ。そして、当の暴力団の人間はお前という目撃者を作るわけにはいかないと思い、駅を引き返すのじゃ。その後、油断していた彼奴は車にゴツンと当たるわけじゃな。


 彼奴はどうやら独断専行だったようじゃ。よほど忠誠心が強い奴なんじゃな。彼奴が死んだところで、誰もりょーくん達を殺しには行かない。可哀想なものじゃなぁ。これでは空回りではないか。あーそうそう、肝心なことを言い忘れておった。ちなみに未だ人身事故は起きていないから、今まで視せていたのは未来の映像じゃな」


「え、は?」


 一方的に悪魔によってまくし立てられ、とうとう何も考えが回らなくなってしまった。まるで俯瞰した景色を見ているようで、自分のことではないかのような話だった。


「お前に視せたのは、あくまで想定される未来なんじゃよ。お前がそのまま線路の上に留まり続けたら起きること。つまり、実際にはまだ轢かれておらん」


 わからない。いくつもの未知の事実によって、脳内が搔きまわされるようだ。


「お前は人の話を全然訊かぬ生き物じゃな。正確にはわしは人間ではないから悪魔の話か。お前に三人の行く末を視せる前に言ったじゃろう? 一縷の望みに感じるべきじゃな、と。お前にこれらの映像を視せたのは、三人を助け出すためなのじゃな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり多くのことを話しすぎだ! 一旦整理させてくれ」


「うむ、よかろう」


「つまり、悪魔が視せた二つの映像は、すべて実際に起きたことではなく、あくまでこれから起きようとしていることなのか」


「だからそう言っとるじゃろうが。何回言わせれば気が済むんじゃ」


「す、すまん。それで悪魔が言うには、俺が電車に轢かれなければ、汐里は人身事故の文字を見ることはないんだな。結果的に彼女が改札の前で立ち止まって引き返すこともないし、直後に車へと飛び出すこともない。その代わりに、どこからともなく現れた中端組の人間が車の前に飛び出して、死ぬ。よって、りょーくんと沙紀を刺すはずだった中端組の人間は既に死んでいるから、二人とも何ごともなく俺と会うことができる。つまり、俺が電車に轢かれなければ、三人は死なない」


「そうじゃ」


「でも、三人は助けるのに、中端組の人間は助けず見殺しにして良いのか?」


「やれやれじゃな」そう言った悪魔は、そばに浮いていた槍を片手で持ち上げると、自らの首を切る動作を見せた。「悪人には死じゃ」


 なんだそれは。果たして悪魔が言えることなのだろうか。お前も人ではないというだけで、悪なことには変わりないだろう。人か魔物かの違いだけではないか。一体そこに何の差があるというのか。俺には知る由もない。


「そこで諦めるのがお前の悪いところじゃな。特別に教えてやろう。わしは悪人と変わらんぞ。ちゃんと自覚しておる。なんせ、悪人であったからこそ、死した後こうして悪魔として生まれ変わったのじゃからな」


「そ、そうなのか」


 いきなり心を読まれた挙げ句、訊いてもいないことを唐突に語り出され、少し辟易してしまった。そんな素振りを見せないようにと、取り繕おうとしたが無駄だろう。この考えもまた読まれている。全く、どうにもできないではないか。


「しようのない奴じゃなお前は。せっかくわしが悪魔ながらに善意を持って情報を差し出してやったのに、その言い草はなんじゃ。お前が今やるべきことは、わしのことを知ることではないんじゃぞ。わしみたく自覚をしろ自覚を」


「はいはい。一縷の望みっていうのは、俺に俺自身を助け出せということなんだろう」


「やれやれ、ようやく理解したんじゃな」


「でも、どうやって」


「お前には、お前が轢かれる直前に戻ってもらう。そこでお前を助け出すんじゃ」


「そう、か」


 ずいぶんと大きな使命を任されてしまったものだ。俺は線路に降りる直前、自分はこれから何のために生きればいいかを考えた。そのときは自分のことしか考えていなかったが、人を助けるために生きるというのも良いかもしれない。


 幸運にも、目の前に三つの命を助け出す鍵があるのだ。それを取らない手はないのではあるまいか。


「ふふ、良いじゃないか」


「どうやらやる気になったみたいじゃな」


「まあな。俺の手で助け出せるんだったらやるしかないだろう」


「よし、お前は特別に少し余裕を持って時間を戻してやろう。目の先には線路で突っ立っているお前の姿があるはずじゃ。それを引っ張り上げるのがお前の使命。わかったか?」


「了解だ」


「それじゃあ、行くんじゃ。絶対に自身を助け出し、三人の命を救え」


 俺にできるかはわからない。初めての経験、一回限りの挑戦。三人の命が掛かっている、失敗は絶対に許されない。俺は悪魔によって二つの映像を見せられたことで、人の内面を少しだけ知ることができた。


 自分以外にも、多くの悩みを抱えている人間がいる。しかし、それでも彼らは死を望んでいなかった。悩みと葛藤しながらも、懸命に生きようとしていた。


 けれど、このままでは一人の人間の手によって命を奪われてしまう。そう考えると、自分だけが不幸な人間だと思っていたのは、大きな間違いだろう。


 人は誰もがそれぞれの人生を持っている。俺は周りをまるで見ようともせず、他人を矮小化していた。これから起こることは、そんな考えを変えるきっかけになるかもしれない。


 そうして覚悟を決めた俺は、悪魔に向け、右手の親指を立てた。

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