第3話 俺が犯した過ちについて知る

「やれやれ」


 俺は命の終わりを待ち続けていた。目を閉じたまま、灯りを遮ることで暗闇を感じていた。はずだったのに、未だそれらしき痛みを感じない。


「やめて欲しいものじゃな」


 何が起きているのだろう。先ほどとは打って変わって、電車のブレーキ音、周りの悲鳴が聞こえなくなっている。そう、まるで別世界のように。なのにどうして。


「どうして声が聞こえるんだ」


「少しは考えてみることじゃな」


 そんなことを言われても何もわからない。あんなにも騒がしかった警笛や周囲の悲鳴が忽然と消え、誰かもわからない女の声だけが聞こえる。そんな状況は知らない。


 いや、知っているかもしれない。走馬灯というやつだ。


 しかし、走馬灯というのはそういうものではないだろう。あれはこれまでの人生がフラッシュバックのように映像として浮かび上がる現象と聞いた。だから違うはずだ。わからない。


「何が起きているんだ」


 俺はそう言って、恐々としながらも薄く目を開いた。周囲は真っ暗な空間になっている。


 そんな中、俺と声の主だけがライトアップされるかのようにして、はっきりと視界に映った。自分の手を見てみると、一切の傷すらついていないことがわかる。こんなことありえない。


 そして、目の前には背中に羽の生えた女が、ふわふわと浮かんでいた。一目で自分とは違う人種だとわかる容貌をしている。


「君は、誰なんだ?」


「うむ、わしか。わしは、悪魔じゃ」


 悪魔とは何だろうか。デーモンやデビルのことだろうか。いや、そもそも二つの違いはなんだ。デの文字が付いているから、死を意味するデスが関係しているのか? とどのつまり、俺は地獄に堕ちたのか?


 ところで、地獄にいるのは悪魔なのだろうか。悪魔や地獄のような神話について、俺は何も知らない。駄目だ、頭の混乱がまずます大きくなってくる。だいいち、未だ意識があるのは何故だろう。


「悪魔じゃ」との一言に頭を悩ませていたところ、彼女が「ふにゃふにゃ」と口をもぐもぐとさせていることに気づいた。どうやら、この短い時間の間に退屈させてしまったらしい。


「疑問があるならまずは訊けばよかろうに。会話をするんじゃ、会話を」


「す、すまん」俺は素直に頭を下げた。ひとまず落ち着かねばならない。そう思い、一つ深呼吸をして気を落ち着かせる。


 そして、先ほどまで考えていたことについて訊いてみる。「悪魔というと、なんて悪魔に属しているんだ?」


「なんじゃ、属すとは。何かわからんが、私は唯一悪魔じゃよ。唯一神みたいなアレじゃ」


 何だかわけのわからない悪魔だが、例えに神を挙げるところから推察するに、どうにも胡散臭い存在である。


「それで、名前は?」


「そんなものはない。名前を名乗るなんて実に愚かしいことじゃ。愚かな神に名を騙られたらどうするつもりか」


「そ、そうか。それで悪魔さん、ここはどこなんだ?」


「ここは地獄じゃよ」


 やはり予想は当たっていたようだ。自殺では天国に行けないのか。


「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃろう。そんなことより、お前は自分が何をしたか把握しているか」


「自殺……だ」


「そう、自殺じゃ。わかっているのじゃな。お前は電車に飛び込んで自殺に及んだのじゃ。でも、自殺だけでは地獄になど落ちはせん」


「そうなのか」


「そうじゃ。お前は自殺をした。しかし、それ以外にもしでかしたことがある」


「な、なんだって」


 俺は先ほどまでの自分を思い返してみる。仕事に嫌気が差し、そのまま放り出すとオフィスを出た。帰り道には居酒屋の入り口で騒いでいた女たちを尻目に歩いた。その途中、道に迷ってしまい若い男女に絡まれたが、全力で走って撒いた。駅に着いてからは線路に降り、そのままの状態で立っていた。そうして今に至っている。


「やれやれ、それじゃよ」


「何がだ」


「まだわからないようじゃな。お前のその回想にすべてのしでかしがあるのじゃよ」


「そこに地獄に堕とされた理由があるのか」


「そうじゃ。お前のそのしでかしのせいで、三人もの人間が命を落とすのじゃ」


 俺は悪魔の唐突な物言いに、思わず絶句してしまった。どういうことだ? 俺の先ほどまでの行動のせいで、三人もの人が死んでいる。なぜだ?


「やれやれ、にぶちんじゃな、お前は」


「そんなこと言われても困る。まるでわからないんだ」


「そうか、わからないか。知りたいか?」


「教えてくれ!」


「まぁ、乞われるまでもないんじゃがな。元よりそれを知らしめるためにこの場に呼んだのじゃ。これを知ることで、お前がどのように心変わりするのかは知らぬが、一縷の望みに感じるべきじゃな」


 一縷の望み──この悪魔は、俺に三人の人間について知らせて何をするつもりなのだろうか。


「まあよい。とにかく、見てくるんじゃな。三人の行く末を」


 悪魔はそう言って、どこから取り出したのか槍を掲げた。すると、突如として視界が色味を帯びてきて、映像を映し出し始めた。


「な、なんだよいきなり」


 そこに映っていたのは、俺の行動が原因で起きた、三人の人間の結末だった。

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