第69話 図書館イベント?

 アルフェは図書館で勉学に励んでいた。

 白を目指すのならば学期休み明けの講義でも手は抜けない。闘技大会にばかりかかずらっている余裕はないのだ。


「あっ、アルフェさん。こんにちは」


 にこやかに笑うロイネがやってきたのはそんなときだった。


 わずかに声を潜めてはいるものの基本的に私語厳禁の図書館である。アルフェはちらりと視線を向けると冷ややかに告げた。


「お静かに。ここはお話をする場所ではありませんゆえ」

「そうですね。ごめんなさい、つい嬉しくなってしまって」


 謝罪をしながらも、やはりにこにことしながらアルフェの隣に座るロイネ。

 ベルが不服気に小さくうなり、潰された尻尾をくるりとたたむ。


 ロイネは持ってきた勉強道具を広げたが、さほどやる気はないらしくこそこそとアルフェの手元に紙を差し出してくる。


『ねえアルフェさん。小耳にはさんだんですけど、アルフェさんは闘技大会に参加するんですか?』

「……」


 どうやら筆談ということらしい。

 アルフェはもう一本ペンを持ち、勉強の続きと並行して片手間に返答を書いていく。


『はい』

『すごいですね!』

『なにがですか』

『両手で文字を書いています!』

『慣れです』

《慣れだな》


 これまでもなにかとベルをかわいがってやりながら生きてきたアルフェのちょっとした特技だった。

 見ようによっては失礼な態度ではあったが、ロイネは気にした様子もなく素直に感心している。


「あっ、そうじゃなくて……」

『じつはわたし、応援に行こうと思っているんです。お友達が参加するんですよ!』

「……」

『アルフェさんのことも応援します!』

『ありがとうございます』

《いらねぇな》


 それを伝えるためだけにわざわざ筆談などというものを持ち掛けてきたのだろうか。

 ロイネは満足したのかまた勉強を始めた。

 アルフェはひとつ小さく吐息してペンを置く―――


「あっ」

『アルフェさんはリベラン様を知っていますか?』

「……」

『存じ上げません』

『そうなんですか。実はその方の応援に行くんです、わたし』

『そうですか』

《テメェの交友関係なんざ知るわけねぇだろ》


 ベルの言葉に内心でとても同意する。 

 知ったこっちゃない。


『とても素敵な人なんですけど、よかったら一度お会いしてみませんか? 闘技大会に参加するどうし、きっと仲良くなれると思うんです』

『興味がありませんので』

「そんなぁ」

『もったいないですよ!』


 ……彼女はいったいなにが言いたいのか。

 知り合いの友人などという繋がっているようで繋がっていない相手との交友関係など全く求めていないアルフェである。少なくとも白になるには関係ない。


 もしかするとこの調子でからまれ続けるのだろうか。

 そう思ったアルフェは勉強道具をしまっていく。


 学内ガイダンスに始まり迷宮の攻略、そして礼儀作法でSを取った彼女のことはそれとなく認識していたが、今こうして積極的に絡もうとしてくる彼女はなにか印象が違う気がした。


 すくなくとも、今の彼女は相手をしたくない。

 これが彼女の素なのだろうか。


『申し訳ありませんが、私は場所を移すことにいたします』

「ではごきげんよう」

「えー! 待ってください!」


 声を上げるロイネのせいで視線が集まる。

 アルフェは構わず足早に図書館を出た。


 ロイネはそれを追わず、ぽつんとテーブルに取り残される。


「……あーあ。嫌われちゃってるのかなぁ」


 声を潜めるつもりもないぼやき。

 しかしそれをとがめる様子はなかった。

 まるでそうあることが当然とばかりに……誰もが意に介さない。


「やっぱりアルフェさんだけはちゃんとしないとってことか……上手くできるかな……」


 ぶつぶつと呟きながら、勉強道具を手に立ち上がる。

 ぼんやりと歩く彼女を、行き交う生徒は自然と避けた。


「アルフェさん、また来るかな……リベランは図書館で会ったことないけど……」


 そんなふうに悩みながら、彼女も図書館を後にするのだった。

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復讐があなたを生んだから くしやき @skewers

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