第66話 めざせ闘技大会!
闘技大会。
アルベレオ帝国にて開催される戦士たちの祭典である。
参加資格はやる気だけ、国籍も流派も種族さえ関係なく、5年に一度ただただ強いヤツが集まってその頂点を決めるというそれだけの催し。
大陸最大の規模ともなれば年がら年中話題に上がるほどであり、開催年である今年は大陸中が熱気に包まれているようだ。
さてそんな闘技大会ともなれば学園の生徒たちにとっても他人事ではない。
現地での観戦に赴くのはもちろん、催し事大好きな学園長主催による自由参加のライブビューイングも予定されていて、討議場周囲には屋台まで組まれつつあった。
もちろん参加予定の生徒も一定数いる。
学園にはいくつも武闘派のクラブがあって、中でも『学園ファイトクラブ』では部則で定められた参加券を得るため日々しのぎを削っていた―――
「どうもごきげんよう。道場破りに参りました」
そこへやってくる淑女がひとり。
広いリングの敷設された部室に挨拶が凛と響く。
華麗なお辞儀をする彼女に、その場にいたむくつけき男女はほとんどが哄笑を上げる。
どう見ても戦う者の姿ではない。
戦士にしてはあまりにも華奢すぎるのだ。
どうやら風紀委員の腕章を着けているようだが……
一方で、中には彼女の姿を見た瞬間にさりげなく装備を整え始める者もいた。
彼ら彼女らには、その生徒のまとう異様な雰囲気が伝わっているのだ。
「ここはアンタみたいなチビの来るところじゃないんだよ」
そんな折、からかっているだけだと思ったのか、ひどくイラだった様子で絡みに行く大女がひとり。
まるで壁のような巨体である。
ぎちぎちと音を立てながら、革の手袋に包まれた拳を握りしめている。
軽く脅かして追い払ってやろう、とばかりに彼女は素早く足払いをかけて―――
「ごぉ……!?」
「今回は私から望んだことですので、同意のある決闘行為として認可されました。したがって私は風紀委員としてこの武装は使用しません」
女の足を踏みつぶしながら道場破りは腰に下げていた警棒を取り払う。
女は必死にもがくが、肉にめりこむガラスのヒールは少しも揺るがない。
「ではまずひとり」
「ごば!?」
顔面にぶち込まれた拳が女を部室の端までぶっ飛ばす。
それから道場破りは悠然と部室に歩み入った。
「さあみなさま、どうぞご自由に攻撃なさって?」
そして彼女―――アルフェは告げる。
「あなた方のすべてを食い潰しましょう」
◆
「闘技大会で勝とうと思ったら、やっぱり戦闘経験が必要だろうね」
「経験ですか」
《げはは! このワタシがいりゃあ経験なんぞいらねえよ!》
「いやいや、相手は戦闘のプロなんだから油断しちゃいけないよ」
ベルの声どころか姿さえ認識できないのに会話を成り立たせるフリエである。
「闘技大会に階級はない。しかも三日という短期間で数千人を相手に勝ち抜かなきゃいけないんだよ? ただ暴力に自信があるだけじゃ足りないんだ。より負担なく、より安定した勝利がいい」
《全員ぶっ殺せばいいんだろぉ?》
「体力には多少自信がありますが」
「もう! キミって案外パワー至上主義みたいなところあるよね!? もっと思慮深くなったほうがいいよ!」
がみがみ。
なぜかフリエは妙にやる気だった。
「こほん」
気を取り直して。
「経験を積むにはやっぱり実践だ。というわけでこれから学園の戦闘系クラブを全部シメていこうと思う」
《サイコーじゃねえか!》
「……あの。思慮とは?」
「学園法規には決闘に関する規定があるでしょ?」
根拠法は十分ということらしい。
思慮深い……?
「クラブの中には討議大会に参加するのも多いし、先輩の中には経験者だっている。本選出場者もいるんだから相手にとって不足はないと思うよ」
「まあ……経験はあるに越したことはありませんが」
《ぶちのめしてやるぜ!》
「あとはあれだね。手加減。多分その子、普通にやったら死人を出すよ。そして殺人は確認された時点で即脱落だしもちろん捕まる」
《えー》
「確かにそれは問題ですね」
つまらなさげにぶぅたれるベルと深刻に考えるアルフェ。闘技大会でも可能な限りベルの存在は秘匿しておきたいので、バレにくい戦い方も検討すべきかもしれない。
「……制覇いたしましょうか、この学園の戦士を」
「その意気だよ」
―――というわけで。
場面は冒頭から少し先に移る。
部室には死屍累々と積まれた生徒たちがあって、その中央でアルフェは顔面をわしづかみにした男子生徒を持ち上げていた。
「部員はここにいるだけでしょうか」
「ぐ……そ、そうだ……」
「そうですか」
「ぐわ、あ……!」
適当に捨てた男子生徒が気を失う。
ふぅ、と吐息したアルフェの身体から黒の煙があふれ出す。
《―――ぷぅ。なかなか楽しいぜ!》
「それは重畳」
ベルと同化することで、一見ただの身体強化魔術に見える形で彼女の力を振るうという試みである。
対人類相手に出力は抑えていたが……それでもクラブひとつを潰すにはそのうえでかなり気を使う必要があった。
気を抜いたら簡単に殺傷してしまいそうだ。
「もう少し練習が必要そうですね」
《っし! じゃあ次いこーぜ!》
というわけでふたりは次の犠牲者を求めて歩きだした。
闘技大会での勝利のためならば、いくつかのクラブを壊滅に追い込んでも致し方ないことなのである。
しれっと風紀委員の試験をパスして武装許可を得ているアルフェに、法的な死角は―――ない。
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