第65話 最速の金
『うむうむ、ほんの少し見ぬ間にずいぶんと良き顔立ちになったのう』
巨大化して討議場をのぞき込む学園長の言葉。
それくらいのわかりやすいやり方で今更驚くのは、魔術学概論をまじめに学んだばかりの一年生くらいのものである。
そもそも集まった生徒たちはこれから始まる学期休みに向けてわくわくしているので、学園長の話などあんまり耳に入らない。
『見るがいい。我もこうしてずいぶんと育ってしまったぞ』
ふっはっは。
……それがやりたくて巨大化したらしい。
笑うたびにちょっとした地震が起きるから、生徒たちは気が気でない。壊れそうだし。壁とか。性癖とか。
『さて諸君。明日より待ちに待った学期休みが始まるわけだが、諸注意はそこら辺の先生方にぽいするとしよう』
ポイするなよ学園長。
どちらかといと教師陣の思いである。
『二年生以上の諸君はすでに知っているとは思うが、我からは腕輪の昇格者を発表させてもらう。そのあとはまあ適当に寝ても構わんぞ』
いいわけねえだろ学園長。
教師陣一同からの思いである。
アルフェは居住まいを正した。
『それにしても……あれだな。とてもやりにくいので縮むことにしよう』
討議場の壁を跨ぎ超えて、彼女は中央あたりに降り立つ。そのころにはすでにいつも通り―――を通り越して二頭身のミニチュアサイズになっていた。
「さて諸君! 今学期もずいぶんと励んだようだな。我はうれしいぞ。特に一年生は目覚ましい、なんと一学期で青に昇格する者が三人もおるのだからな」
全く驚かされるわい、と笑う学園長にざわざわとざわめく生徒たち。
そのうちのひとりであるアルフェも目を細めている。
《ンだよ、オマエだけじゃねんだな》
「……ええ。そうですね」
『先輩諸君もこれに倣い、是非とも我を驚かせるがよいぞ』
うむうむとうなずいた学園長は、青色から順番に昇格者を呼んでいく。
一年生の昇格者は、まずもちろんのことアルフェ。
そして続けて呼ばれたのは、ロイネとマクスウェルの名前だった。
たしかにロイネは、少なくとも『迷宮学』と『礼儀作法』の講義でSをとっている。
であれば残りは三つ―――不可能というものでもない。
《なあなあ。ろいね? ってやつぁあのうぜぇ女だよな。ピンクの》
名前を覚えるとは珍しいですね。
そう思いつつうなずくと、ベルは唸る。
《ふぅん……アイツがねぇ》
いまいち疑わしそうなベル。
アルフェもまた彼女からは特別な気配を感じないから、少しだけ不思議ではあった。
とはいえ他者のことなどどうでもいい。
自分の名が呼ばれたのならばそれで十分だ。
《んでんで、てことはついに動くのかよ?》
目をキラキラ光らせるベル。
もちろんアルフェは首を振る。
目指すのは白だ。青はしょせん通過点に過ぎない。
ベルにも説明はしたはずだが……興味がなさ過ぎて完全に忘れているらしい。
次は金だ。
フリエと同じように、これもまた最速で。
そのためには―――
◆
「―――実績がいるね」
終業式兼昇格式も終わり、もどってきた寮にて。
またしても開催されるささやかなおめでとうパーティは、早々に作戦会議に変わっていた。
「キミはどうするつもりだったのかな」
「目星をつけている学外の大会がいくつか」
「ふむ……まあそうなるかな」
「先輩はどうやって?」
「風紀委員会活動のゴリ押し」
「……なるほど」
「でも今は役職持ちがかなりしっかりしてるし、治安いいからね。ちょっと厳しいと思う」
《テメェのせぇじゃねえのかよそれ》
アルフェもそう思ったが口にはしない。
治安はいいに越したことはないだろう。
「現実的に考えるとアルフェさんの案だろうね。のこり二学期あるとはいえ、白を目指すなら委員会活動にも力を入れないといけない。学期休みが勝負だ」
それはアルフェも同意するところだった。
うなずく彼女にフリエは告げる。
「獲るなら優勝。それに限る」
「優勝、ですか」
「そういう心持ちっていうことさ。おあつらえ向きに、学期休み中にはちょうどアレがあるしね」
アレ。
それの指す大会は、アルフェもまた目をつけていた。
おそらくは学生が参加できる大会の中で最も規模の大きなそれは、優勝すれば金色確実だろう。
ベルもまた思い当たったらしい。
ピンと耳を立てて満面の笑みを浮かべる。
「闘技大会を獲ろう。たぶん、その子の全力があればいけるはずだ」
《っしゃオラァ! やってやるぜ!》
「……全力、ですか」
―――かくして。
最速の青を手にしたアルフェは、最速の金を目指して次なる目標を定める。
五つのSのその次は、たったひとつの頂へ。
目指すは闘技大会優勝。
すなわち―――大陸最強の称号である。
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