第64話 多分これも鈍感難聴系
学園の屋上。
上がるための階段も何もないのでふつうは誰も上がらないその場所に、ふたりの人物がいる。
「―――来学期も講義を、か。随分とやる気になったものではないか」
ひとりは学園長。
風にドレスをはためかせ、にやにやと笑って振り返る。
向き合ったエルは困ったように苦笑した。
「まだまだ老いさらばえるには早いと気が付かされました。やはり若さには敵いませんな」
「どの口が言いおるか」
つい一学期前のエルと比べると半世紀は若返って見える。よっぽど楽しいことがあったらしい……
「アルフェには驚かせられるのう。最善に続いて最強とは。どんだけ剣フェチなのか」
「ドラちゃん殿は彼女に目をかけているようですな」
「生徒はすべてに注目しておるとも。どうしても目立つ者はおるがな」
今年は豊作だ。
目を細めて笑う学園長。
それからエルの両肩に手を置く。
「吐いたツバは呑み込めんぞ最強の。こんど正式に講師としてスカウトしてくれる。首を洗って待っておけ」
「ふはは、どうやら忙しくなりそうですな」
「うむうむ。……してエルよ」
ギラリと視線を鋭くする学園長。
エルは無意識に腰の剣に手をかけた。
ひらりと距離をとった学園長は、そして無から剣を抜き放つ。
まるで夜の雷電がごとくいびつな形状をした剣。
その切っ先を向けられて、エルは迷いなく抜剣した。
「穏やかではありませんな」
「お主が卒業してから我もちょいと練習したのだぞ。学生ごときに不覚を取ったのはお主が初めてだったからなぁ……!」
「老いさらばえた今ならば、と」
「ふっはっは! バカを言うな。未熟なお主も腑抜けた年寄りも、相手にしてやる意味がなかっただけのことよ」
「これは手厳しい」
くつくつと笑ったエルは、しかし一呼吸で気配を尖らせた。
「ではお相手をいたしましょう。上手に手加減できるかは分かりませんが」
「言っとれガキ! ひゃっほう!」
◆
『手加減が下手すぎはせんか? ええ?』
『はっはっは。……笑いごとではなさそうだッ!』
ギャリンギャンガギャッ!
壮絶に鳴り響く鉄の接吻。
突如として学園中のいたるところに投影され始めた学園長とエルとの戦いは、なおも熱気を増していく。
講義の最中には見られなかった積極的な攻めの姿勢に対して、学園長はさらに苛烈な攻めによって真っ向からぶつかっていた。
アルフェとフリエがふたりがかりでなおコテンパンにされた元『最強の剣』に対してだ。
「……学園長ってなにもの……?」
「本当に驚かせるのがお好きな方ですね」
《ぐるるるぅ……!》
ベッドの上でフリエがつぶやけば、下になっているアルフェもうなずく。
ベルは今にも飛び出していきたそうに尻尾をぶんぶん唸っているがさすがにそういうわけにもいかない。
「ちょっとは自信あったんだけどなぁボク」
「上には上がいるということでしょう」
《ワタシの上にはいねぇ!》
そんな風にのんびりとするのは寮の自室である。
その日の講義も終わって、今日は訓練もお休みにして労っている。
フリエがアルフェをマッサージしていたら突然部屋の中に映像が出現したので、ついつい見入ってしまったのだ。
「うん、まあこんなところかな」
「ありがとうございます」
「いやいや。ずいぶんと激しかったからねぇ。歯は大丈夫?」
「ええ。歯並びには自信があります」
《げはは! ワタシもだぜ》
「そういう問題じゃない気はするけど……まあいいや」
そうこうしていると出前を頼んだ夕食が来て、ちょっとしたパーティが始まる。
「とりあえずこれで5Sだね。あとは必修できちんとAを取ればってところかな」
「その点は問題ありません」
「油断をして足元をすくわれないように」
「先輩は親しくなるとお小言が多くなるのですね」
「んなっ」
ガガンッ、と衝撃を受けて硬直するフリエ。
そんなことないよ、とぽしょぽしょつぶやいて、それから顔をしかめる。
「……似たようなことを言われた……コーネリアに。心配性はいいけど少しは信用して欲しいって……思えばあれは彼女の悲鳴だったのかもしれない……ボクは……うぅ……」
みるみる落ち込んでしまう。
アルフェは気にせず肉料理を食べて、おいしかったのでベルにあーんして食べさせた。
「キミらはいいよね……きっと仲たがいなんてないんだ……」
「当然ですね」
《ったりめぇだろ》
じゃれじゃれとじゃれついてくるベルをかわいがる。
そんなふたりにフリエはさらに陰鬱な雰囲気をまとった。
「ボクだけ仲間外れだ……くそぅ……毎日毎日いちゃいちゃしやがって……独り身はつらいよぅ……」
ついにはシクシク泣き出す彼女に、アルフェはポンと手を打った。
「独り身で思い出したのですが」
「どんな思い出し方!?」
「先輩はお引越しのご予定がありますか?」
「え……嫁ぐっていうこと……? コーネリアとかに……?」
「いえ。金色でしたら引っ越しは可能でしょう?」
「ああそういう……まあ、どうかな。ここにいる理由も、なくなったっていえばなくなったし」
「そうですか」
どうして急に?
首をかしげるフリエに、アルフェはさらっと。
「いえ。これからも同居したかったので」
「ああうん……うぇっ!? あ゛っこぼれた!」
あまりの驚きにジュースがこぼれる。
すかさずベルが覆いかぶさってぺろりと消し去った。
「あの、えっと。な、なんで?」
「お嫌ですか?」
「い、いやとか、じゃ……」
まっすぐな視線。
感情の読みにくい、静かな表情をしている。
フリエはごくりと唾をのんで、アルフェの隣に座った。
「あ、アルフェさん、は、ぼ、ボクと一緒に、その、住みたい、の……?」
ちらちらとアルフェを見ながらせわせわと髪をいじったりする。
なんとなく座り方が気になってもぞもぞと足を組み替えたりする。
ひどく挙動不審なフリエに、アルフェは首をかしげる。
「そうですが、なにか」
「ひっ。……え、あの、それってその……どういう意味、で?」
どきどき。
フリエはゆっくりとアルフェのほうに身体を傾げていく。
肩が触れて、目が合う。
そして―――
「この子を好きにできるのは貴重ですから」
《くぅ~ん》
「え」
「いろいろと知識があるので便利ですし」
「べんり……」
《悔しいけどワタシより教え上手だかんなぁ》
うむうむとうなずくベル。
彼女にも認められるというのは驚くべきことだったが、フリエにはもちろん聞こえていない。
というかもはやアルフェの言葉も遠く、茫然自失の様子だった。
「ボクって……ボクって……」
「あとはまあ、居心地も良いですし」
《ワタシの毛皮のほうがいいぞ!》
「それはもちろんですが」
すぐ張り合ってくるベルとぺろぺろする。
もふっと抱きしめて可愛がっていると、フリエがぱちぱち瞬いた。
「……はっ。なんか遠くに行ってた。あのさあアルフェさん、そういうさぁ、もっとこう、ウソでもいいから『先輩のこと好きです!』とか言ってよ! ボクだけどきどきしちゃったじゃないかッ!」
「……」
「なんでそんな冷たい目を向けるのさ!?」
フリエの絶叫がこだまする。
けれどたぶん、それはどこまでも正当な白眼視だった。
―――その後。
なんだかんだけっきょく、ふたりは引っ越さないことに決めたらしい。
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