第63話 VS元最強の剣
「さて諸君、今日までよく努力した」
『実践剣術』講師エルは、居並ぶ生徒たちを穏やかな眼差しで見回す。
それを見返す生徒たちは、真剣な表情を浮かべる者、歓喜の表情を隠せない者、今からワクワクしている者、そして緊張に強ばる者など様々だ。
『実践剣術』の最終講義日。
すなわち一学期最後の週、その初日というわけなので、多くの生徒が浮き足立っている。
「ほんの十数回の講義ではあったが、諸君らの成長には目覚ましいものがあった。願うことならばこれからも修練を続けて欲しい。ただ力をつけるだけでなく、ひとえに打ち込むことでその精神もまた鍛えられるだろう」
ありふれた言葉で講義を締めくくったエルは、それから傍らの女性騎士を呼ぶ。
彼女から差し出された書類を手に、改めて生徒を見回した。
「では最後に―――S評価試験の話に移ろう。まずはこれより今講義におけるA評価決定者を発表する」
彼の視線が、アルフェに止まる。
初めにその名が呼ばれ、順番に視線が巡る。
もちろんフリエも呼ばれた。
「―――そしてヘイロン。以上六名は現時点でA評価とする。この中で、私との試合を望む者は挙手をすること」
彼の言葉に六人全員が挙手をして、他の生徒たちは歓声を上げる。
「では我こそはと思う者から前に出るがいい。この老体が相手をしよう」
「このオレがイチバンだ!」
その宣言に、銀髪を始めとする血気盛んな生徒たちが駆け出していく。
アルフェとフリエはのんびりとそれに続き、アルフェがトリをつとめることとなった。
そして始まるS評価試験。
「諸君らは鉄剣を使用し、私は木剣を使う。そしてこのとおり左手のみだ。右手を使わせたのならその時点で一本としよう」
《……?》
騎士の用意した木剣を手にし、構える。
臨戦態勢を前にしてベルは首を傾げた。
《ぜんぜん大したことなさそうだぜ?》
そんな彼女の感想は、向かい合うヘイロンにしてもまた同じだったらしい。
彼は余裕の表情で、気勢とともに切りかかる!
「―――では次」
《……げはは》
ただすれ違いざまに木剣で撫でただけのように見えた。
それだけでヘイロンは倒れ込み、駆け込んできた勢いで地を滑った。もはやピクリとも動かないが、騎士が距離をとって軽く横向きに寝かせてやっているのを見るに気を失っているだけらしい。
続く生徒はその圧倒的な決着に警戒し、じりじりと間合いを詰めていく。
間近に迫ってなお微動だにしないエルに痺れを切らして鉄剣を振るう―――
そして彼もまた大して剣速もないはずの一振りで決着する。
フリエの番になるまで、ただそれが四度繰り返されるだけだった。
「―――次」
「はい」
もはや声さえ上げられない生徒たちの視線を受けて、フリエは堂々と歩む。
軽く鉄剣を振るい、正眼に構える。
切っ先を向けられたエルはわずかに目元を動かした。
「去年は不誠実なことをしてすみませんでした」
「なに。事情はあろう」
「ええまあ、本当はこうして向かい合うつもりはなかったんですけど……ちょっと厄介なのに好かれてしまいまして」
「青春というものか。若いな」
「そうかもしれません。……ああ、そうか、そうですね」
小さく笑ったフリエはちらりとアルフェを振り向く。
そしてひとつ大きく息を吐いて、決然とエルを見据えた。
「後輩に格好悪いところは見せられませんから」
「あいにくと加減はできん」
「あはは。だったらせめて右手で構えておくべきですよ」
「……」
挑発的な言葉に目を細めるエル。
フリエはただ悠然と歩み寄った。
そしてまた、たった一振りで決着する。
カラン。
切り飛ばされた木剣が音を立てて落ちる。
フリエはただ真っ直ぐに振り下ろした鉄剣を軽く払い、小さく小首を傾げた。
「ね?」
「……これほどとは、な」
呆然としながらもわずかに口角を上げるエル。
その身から漂う戦意に、ベルは毛を逆立てた。
颯爽と身を翻したフリエは、アルフェとのすれ違いざまにひどくやっちまった感のあるしかめっ面を見せる。
「ゴメン、多分やる気にさせちゃった……誤算だった」
「望むところです」
にこやかに笑うアルフェはエルの前に立つ。
そして渡される鉄剣を拒み、エルの木剣に指を向けた。
「私もあちらを頂きましょう。先輩があのような見事な勝利をみせたというのに、ここまでハンデを頂いたままでは私の名が廃るというもの」
「自由にするといい」
エルからの許可で木剣を手にする。
そしてアルフェは息を止め、凄まじい勢いで真正面から斬り掛かった!
ガッ……!
今までにない木剣の打ち合う音が生徒たちの目を見開く。
「、」
「ッ!」
刃をすれ違うようなエルの一撃をアルフェは柄で跳ね除け、そのまま一気呵成に木剣を振るう!
カッガガッガカッカカ―――!
連打連打連打がエルの木剣と打ち合う。
初撃以外の反撃を許さない高速の連打。
振るう勢いで立ち位置を変えながら、ただひたすらに一心不乱に、エルの身体のどこかに当てればいいのだと木剣を振るう。
遮二無二とさえ見える怒涛の連撃、しかしエルが木剣を交わしているという事実がその技量の証明だった。
「ッ、っっっ!」
汗をほとばしらせ、顔を真っ赤にして打ち掛かるアルフェの猛攻にエルもまた額に汗を浮かべる。
息の乱れるほどではない、しかしそれでも確かに疲労があった。
だがそれでなお彼は『最強の剣』である。
たかが生徒ごときに、二度も敗れる道理はない―――!
「ッ、ッハァッ!」
アルフェの息が切れる。
大きく息を吸うその隙へと無慈悲に叩き落とされる一振りは、木剣とは思えない死の確信がある。木を刃に変えるスゴみがある。
こんなものを受けてしまえば、なるほど気絶だってするだろう。
「オォオオッ!」
身体ごと木剣で受け止める。
一瞬の静止、同時にアルフェは身体を逸らして木剣を滑らす。しかし表面を滑っていくはずのエルの木剣が突如力の方向を変えてアルフェを弾き、吸い込まれるような一突きが顔面を狙う―――
「ッッッ!!!」
ギャギャギャ!!!
突き立てられた歯によって抉れる木剣。
首を目いっぱい横に逸らし、アルフェは木剣をその口で噛み止めていた。表面を滑った歯が木剣に跡を刻んでいる。
そしてアルフェは切っ先を足元に触れ、全力の斬りあげをぐっ、と突っかえさせて解き放つッ!
エルはそれを知っていてしまった。
わずかなタメを生むことで威力を増す剣技。
珍しいものではないが、しかし、アルフェがそれを練習していたことを彼は目にしてしまっていた。
だから予感した。
噛み止められた瞬間に、そうくると。
「ふっ」
吐息とともに身をひるがえすエル。
抜き放たれた木剣は軽やかに一周してアルフェの斬り上げをねじ伏せる。
予感して、だから潰した。
そして―――
バギャッ!
アルフェの木剣が砕ける。
エルを相手にひたすら斬りかかり、さらに強力な一撃を潰された……その衝撃がついに木剣の限界に届いた。
エルはこれを予期していた。
さきほどフリエに武器を破壊された事実が彼の中にあって、だから無意識に回避ではなく破壊を選ばせた。
これで決着。
エルは無意識にそう悟る。
―――だからほんの一呼吸遅れる。
「はぁああああッッツ!!!」
へし折れた木剣をなおも突き出す。
エルはそれをとっさに受け止め、そしてその首に切っ先が触れた。
吹き飛んだ切っ先側の破片を掴み取ったアルフェの変則二刀流がエルの想定を超越していた。
「―――これで私の勝ちです」
だらだらと口から血を零しながら、アルフェは真っ直ぐにエルを見据える。
勝利条件は一本だ。
剣がへし折れたら終わりだなどと誰も言っていない。
たとえフリエのときにそうなったとしても、それはあくまで合意に基づく決着でしかなく、もちろんアルフェはそんなもの認めはしない。
だから、今首に突きつけた刃こそが勝利。
アルフェの宣言に、エルは―――笑った。
「参った」
「……ありがとうございます」
しゃなりと頭を下げたアルフェは、それから、はじめと同じように堂々と戻っていく。
正直今にもぶっ倒れそうだったが……そんな弱みを見せてやる道理もない。
《げはは! ナメてっからだぜジジイが!》
「まさかほんとに勝っちゃうなんて……」
「疑っていたのですか?」
「正直信じられなかったよ。キミは強いね」
「フリエ先輩のご指導の賜物です」
にこやかに言葉を交わすふたり。
生徒たちは、誰からともなく拍手をしていた。
それはまたたく間にその場を包んで、盛大な歓声がふたりを称える。
圧倒的な一振りを見せたフリエ。
貪欲に勝利を目指し勝ち取って見せたアルフェ。
その戦いざまは、無条件で生徒たちを沸き立たせていた。
「バカな……ズルをしたに決まっている……ッ!」
若干名そうでないものもいたが―――
と。
そんな空気が突如として切断される。
生徒たちが全員とっさに振り向いていた。
そこには、木剣を右手に持ったエルがいた。
構えている訳ではない、ただ持っている。
それだけで、場を変えた。
「六人とも素晴らしい戦いだった。特に最後のふたりは、とても学生とは思えない実力だ。S評価を与えるに値する」
うんうんと頷きながら木剣を構える。
そんなエルが、なぜかやけに若々しく見える。
そしてなにより……なんだか楽しそうな……?
「そこで提案なのだが……時間もある、もう少しこの老体に付き合ってはくれないか。勝利の誉れと言うには少しばかり物足りないやもしれないが―――高みを見せてやろう」
そんなことを言いながら、どう見ても自分が全力でやりたいだけというのが透けて見える。
唖然とするふたりに騎士たちが慌てて鉄剣を渡し、全員全力で逃げた。
よほど巻き込まれたくないらしい。
「それ、どうした。ふたりまとめてで構わん。それとも―――オレから行くべきか?」
牙をむいて笑うエル。
アルフェは脳内で鳴り響く警鐘にとっさに魔術で身体を強化したが、エルは気にした様子もなかった。
《おい! ワタシにやらせろッ!》
大興奮のベルだがさすがに彼女を出す訳にはいかない。
アルフェはフリエと目を合わせ、そして同時に駆け出した。
―――その後ふたりは最強の意味を知った。
それはもう、二度と忘れられないほどに。
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