第62話 アルフェさん特訓中
「……よく頑張った。おめでとう」
「ありがとうございます」
目を細めて討伐手帳を差し出す『討伐技術』ガイウス。
アルフェは礼をして受け取り、表紙に記された彼のサインをなぞる。
学園迷宮第三層『封炎の神殿』においてすべての魔物を討伐したアルフェは晴れて『討伐技術』のS評価が確定していた。
講義の終わりにガイウスから直接の認定をもらっているというわけである。
そしてまた、もうひとり。
「同時にふたり出るとは……思わなかった」
「ありがとなセンセー」
ガイウスから手帳を受け取ってにししと笑うロコロコ。彼女もまた無事に討伐手帳を埋めきることに成功したらしい。
アルフェと同時に見せるために頑張ったとか。
健気である。
いずれにせよ後顧の憂いもなくなった。
残すところはこれで『討伐技術』のみ。
そしてその決着にはまだ数週間ある。
迷宮に潜る必要がなくなり、礼儀作法においてもお墨付きをもらった。つまり残り時間はフリエとの訓練を始めとした鍛錬に費やすだけだ。
決戦の日までどれだけ鍛え上げられるか……これからが本番である。
◆
それからのアルフェは、とてもせわしない日々を過ごした。
タスクの積み重なっていたこれまでもかなりせわしなかったが、ともすればそれ以上に忙しい。
朝起きてすぐフリエにしごかれ、講義にいそしみ、最近なにか張り切っているマクスウェルとバチバチにやりあい、休憩中は風紀委員会としての務めを果たし、講義後には予習復習を欠かさず、その後ベルと戦い、フリエにしごかれ、そして最近ではベルとフリエを同時に相手してけちょんけちょんにされるようにもなった。
日に日に上達しているはずなのにベルとフリエの壁はあまりにも高く、むしろ毎回やられ方がひどくなっているようだ。
さすがのフリエも見かねて、
「せめてボクだけにしたら?」
などと言ってくるが、ベルが唸るのでうなずくわけにはいかない。
なにかと抑圧気味なベルにとって、魔物よりまともなアルフェとの戦いは重要だ―――もっとも、それだけの理由ではないが。
だから今夜も、アルフェはふたりに責められる。
《オラオラオラ気合い入れろやぁあッ!》
「やりすぎはよくないと思うんだけれど……」
「ッ、!」
顔面をバッサリと狙う爪に耳たぶをそぎ落とされながら、控えめにみぞおちを狙う一撃を打ち逸らす。
振り払う蹴りを振り切った、と思ったときにはすでに視界は反転し、フリエによって投げられたのだという理解が追いつくよりも早く棒でベルのにくきうパンチを受け止め吹き飛ぶ。
「これじゃほとんど弱いものイジメだよ」
なんともいやそうに顔をしかめながらもフリエは吹き飛んでいくアルフェの胸倉をつかんで強引に床にたたきつけ、うっかり手が滑ったベルの爪を木剣でいなしてアルフェに落とす。
《チィッ!》
「ボクなんて目に入れてるべきじゃないんじゃないかな」
《んだとぶべっ!?》
致命傷になりかねない爪の一撃を転がって回避、飛び上がったアルフェの一撃がベルの鼻面を打つ。
目を見開いたアルフェは次の瞬間横様から突き込まれる木剣へととっさに棒を引き寄せ、身構えたとたんに足を払われてバランスを崩した脳天に一撃を叩き込まれて地に伏した。
「ボクだけで十分だと思うんだけどなぁ」
「……純粋に、戦いの経験が、ほしいのです」
ふらりと立ち上がったアルフェはまた棒を構える。
「実践剣術が最終目標ではありません……私には……力が足りませんから」
「白、か……やっぱり風紀委員長を目指すの?」
「当然です」
「ううん……別にそこまで突き抜けた戦闘能力は必須じゃないんだよ?」
「いえ。私には必要なのです」
力強い光を瞳に宿す。
ベルが牙をむき毛皮を逆立てる。
彼女たちにとってはそもそも、白でさえ最終目標ではないのだ。
「……分かった」
フリエはそれ以上問いかけず木剣を構えた。
ひとつ吐息で、アルフェは全身の毛が逆立つのを感じる。
「そこまで言うならせいぜい頑張ろうか」
どうやらフリエの怒りを呼び起こしてしまったらしい。激怒とまではいかずとも、いら立ちのようなものを感じる。
―――その日から、アルフェの毎日はさらに過密になった。
試験日まで、もうあとわずかだった。
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