第61話 勝利に

「「……チッ」」

「先輩がた……まさかいま舌打ちされました?」

「まあ」「なんのことかしら」


 にこやかに笑うカーテシー三分の二姉妹。

 そうですよね、と笑みを浮かべたアルフェの頭上からため息が落ちてくる。


「はしたない子たちだこと」

「……ツヴィア先輩もそろそろ解放していただけませんか?」

《ぐるるるぅ……!》

「どうしてかしら」


 この部室にやってきてから、アルフェは彼女につかまりっぱなしだった。

 結果を伝えるよりも前から、すでにアルフェが『礼儀作法』のS評価を得ていると知っていたらしい。


 だから。


「私が勝ったからです」

「……」


 にこり。

 満面の笑みがツヴィアをはねのける。

 ひらりと身をひるがえしたアルフェは、あまりにも出来が良すぎる三つの笑顔を順に見回した。


「―――私の、勝ちでございます」


 宣言。

 無言の三姉妹。

 しかしそのとき、四人の胸にぼんやりとした光が灯る。

 まるで心臓の光が、肌を透けて見えるような。

 そんな光だ。


 そして。


「っ」

「「「うぅ……!」」」


 全身をめぐる快感にも似た衝撃。

 勝利の味を舌の根に感じる心地があった。


 ほぅ。


 吐息したアルフェは、その場にうずくまった三人を……まるでひざまずくように膝をついた三人を見下ろす。


「私が勝った暁には屈服する―――そういう契約でしたね」

《げはは! もうパイセンだからって調子に乗らせやしねぇぞコラァッ!》


 カツンッ。

 あえて大きく鳴らして一歩。

 アルフェはそっとヒールを脱ぎ、そのつま先でひざまずく顎を持ち上げる。

 くっ、と悔し気にゆがんだ目元にアルフェは頬を上気させ、その眼前にゆらりと足を揺らした。


「どうやって尽くしてくださるのかしら」

「はっ、はぁっ、」


 緩やかに開く唇から、ぬめりと舌が顔を出す。

 つと……

 震える舌先からこぼれた唾液が床を濡らす。

 呼吸を荒げながら、ゆっくり、ゆっくりとその舌先をつま先に近づけていく。


「……ふふ。冗談ですよ」


 つま先が顎をくすぐって遠ざかる。

 なにごともなかったかのようにヒールを履きなおしたアルフェは、三人へと柔らかな笑みを向けた。


「先輩方にはたくさんお世話になりましたから。このようなささやかななど気にすることはございません」


 アルフェの言葉に三人はうつむくほかない。

 くすくすと小さく笑い声をこぼしたアルフェは、さっそうとその場を後にした。


 これまでの恩義に報いる、完全勝利である。


 ◆


 『精霊学』

 『迷宮学』

 『礼儀作法』


 これらでS評価を得て『討伐技術』も終了の目途はたっている。

 つまり残すところは『実践剣術』のみ。

 フリエのときとは違って、『迷宮学』と『迷宮学実践』を選んだ以上どの選択科目もおとすわけにはいかない。


 そのためには最低でもA評価を得られるだけの結果を示しておく必要があった。


 なので、アルフェはもちろん学生相手になど加減しない。


「オラァアアッ!」

「ふっ」

「ぐぁ!?」


 講義の最中に開かれる総当たり戦。

 戦闘が始まったとたんに雄たけびとともにやってきたなんとかという生徒を一撃で斬り伏せる。

 そして試合が終わると、次の試合を待つ間にフリエのところに行く。


「やあ」

「ハァッ!」


 彼女も同じく試合を終わらせていて、だから挨拶もなしにアルフェは切りかかった!


「うんうんいい踏み込みだね」


 もちろん簡単に受け止められた一閃に、返ってくる一撃をかろうじて逸らしつつ柄で打つ。


「今日は斬撃以外もアリなんだね」


 軽く手で受け止めた彼女の頭突きに弾かれ、四連撃に吹き飛ばされる。

 追撃に振ってくる顔面への刺突を木剣で受け止め、振り上げた蹴りはキャッチされて膝に一撃が飛んでくる。


 ギャンッ!


 防御のために振り回されたヒールと木剣が衝突する。

 強引に振り払って立ち上がったアルフェは大地に木剣を突き立て、大きな一歩とともに全力で振りぬく!


「いい技だ」


 地面につっかえることによって一瞬だけ停止した木剣は、次の瞬間蓄積された勢いを一気に解き放って天を衝いた。


「でも


 風圧に前髪を吹き上げられながらも笑ったフリエは同じように木剣を地面に突き立て、即座に隙を穿つアルフェの一撃をいなしその胸倉を掴む。


「ちょっと工夫がいるよね、こういうの」


 アルフェはぐるんと振り払われ、追従する一撃に側頭部をぶっ飛ばされる。


 ごろごろと転がったアルフェへと容赦なく尽き下ろされる切っ先が顔の横に突き立った。


「はい、一回」

「……ありがとうございました」


 ゆらりと立ち上がったアルフェはまたフリエへと切っ先を向ける。

 『最強の剣』に勝つためには待ち時間でさえも惜しい。

 この時間もすべては勝つためだ。


「……」


 激しい戦いを繰り広げるふたりを、実践剣術のエル先生が無言で見つめている。


 カチャ、と。

 わずかに触れた腰の剣が音を立てた。

 そんな事実を見下ろし、彼はふっと笑む。


「今年は来るか、最善の子よ」

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