第60話 試験の結末

 ルールから呼び出しを受けたのは、試験の翌週の礼儀作法講義にてのことだった。

 試験への参加と同じくらいの雑感である。


 そうしてアルフェはロイネとともに、全講義の終了後にまた礼法室へとうかがった。


 ら。


「ようこそいらっしゃいました」


 そこにはなんとも高貴そうな雰囲気のただよう使用人がいた。

 ルールは彼女からのサーブを当たり前のような顔で受けていて、アルフェたちもテーブルにつくようにと求める。


「どうぞおかけになってください」

「ありがとうございます」

「あ、あの……しっ、しつれいします」


 わずかに戸惑いつつも、使用人に促されるままテーブルにつく。それからしばらく静かに茶を嗜んだところで、ルールが使用人を見た。


「で? そろそろ座ったらどうだいリネルダ」

「ふふ、久しぶりの先生へのご奉仕ですもの。もう少しくらいいいじゃないですか」

「たわけた姿を後輩に見せんじゃないよ」


 そっとしなだれかかるようにする使用人―――試験のお茶会の主催者であったリネルダをあっさりとあしらってやるルール。


 リネルダはくすくすと笑って、ルール隣に座る。

 どう考えてもどの国の礼儀作法にも適していないと一目でわかる、肩が触れるほどの距離感だった。


 どうやらずいぶんと仲がいいらしい。


 ルールはひどくあきれた様子ではあったが、幸せそうににこにこしているリネルダに対して何を言うでもなくアルフェたちに視線を向けた。


「さてはさておき本題に入ろうかね。この間の試験の結果についてだ」


 なんとなく微妙に緩んでいた緊張感が、一瞬で張り詰める。

 正すまでもなかったはずの居住まいをただす生徒たちに、しかし先に口を開いたのはリネルダだった。


「そう緊張なさらずとも、おふたりともS評価認定ですよ」


 にっこりと笑う彼女にあっけにとられるアルフェたち。

 ルールはため息をついた。


「アンタはなに勝手に先走ってんだい」

「あら、わたくしのときは先生にからかわれてとてもびくびくさせられてしまいましたもの。かわいい後輩たちにそのような体験はさせたくありませんわ」

「自分が落ちるなんざ欠片も疑ってなかったヤツがなに言ってんだい」

「そうでしたか?」


 くすくすと小さく笑い声をこぼす。

 そんなふたりのやりとりに、やはりあっけにとられたままのアルフェたち。

 ルールはコホンとひとつ咳払いをして続けた。


「コイツのせいで台無しになっちまったけど、まあそういうことさね。ふたりとも悪くなかった。あの悪ガキにもよく対応したものだよ」

「あの子ったらあの後とっても反省してずぅっとお部屋にこもっていたのよ」

「それはアンタの折檻のせいだろうさどうせ」

「そんな、ひどい言いがかりですわ先生」

「どうだかねぇ」

「あっ、あの」


 和やかな会話にロイネが割って入る。

 彼女は集まる視線に慌てて頭を下げた。


「その、わっ、わたし、とても無礼なふるまいをしてしまったと思うんですけど、あの、」

「あれはぎりぎり呼吸です」

「ぎ、ぎりぎり……?」

「はい。ぎりぎり」


 ででん、と胸を張るリネルダは有無を言わさぬ様子である。

 確かにロイネは口を開いた瞬間にアルフェに止められ、しかもそれだってさりげないワンタッチによるものだ。

 ロイネはほとんど口を開けていないし、ちょっとばかり大きめな呼吸と言い張れば言い張れそうなもの―――かどうかはさておきリネルダがそう断言するのならそういうことになってもおかしくはない。


「帝国式なら危うかったですが、ふふ、わが共和国では歯を見せても無礼には当たりませんからね」

「主賓がこう言うんじゃアタシからはなにも言えないさ。もちろん全体的な判断はアタシだからね、言っとくけど甘く見てもらえただなんて勘違いするようなら今からでも剥奪してやるよ」

「え、えと……」


 不意に強く認められる言葉をかけられて、ロイネもそれ以上は言えない。

 それでもどことなく納得のいっていない様子の彼女に、リネルダがふふ、と小さく笑った。


「合格できたのだからそれでいいじゃない。それとも……あなたが欲しいものは、合格じゃないのかしら」


 見透かすような無垢な瞳。

 ロイネは言葉を詰まらせて必死に首を振った。


「それなら素直にお喜びになって? S評価おめでとう」

「……ありがとうございます」


 ロイネが納得したところでアルフェにも視線が向けられたが、もちろん彼女に否はない。


「ではあらためて。おめでとう後輩たち。わたくしも誇りに思いますよ」


 そんなリネルダ直々の言葉で、この場はお開きということになる。


 そういうわけで、いろいろと心配のあった『礼儀作法』においてもS評価が確定したのだった。


 ◆

 

 生徒たちの去った礼法室。

 不愛想に口をとがらせるルールの首に腕を回して、リネルダは膝の上に座っていた。


「ねぇ先生? せっかくこうしてお会いできたのですから……個人指導をお願いしても、いいですか……?」


 うっとりとささやくリネルダ。

 ルールは答えずその額をはじいた。


「もぉ。ふふっ」

「くだらない冗談言ってるんじゃないよ」

「冗談じゃなくしてくれてもいいんですけど」

「……こんなことのために来たんじゃないんだろう? なんのつもりだい、わざわざ」


 ツレないルールにリネルダはまたくすくすと笑って、それからふ、と扉のほうを見る。


「あのアルフェという子……少し、似ていますよね」

「…………そうさね」

「関係が?」

「さてね。自分の好奇心のために名簿を見ようだなんざ思わないさ」

「そうですか……」

「そんな顔するんじゃないよ。ガキじゃないんだ」

「いいじゃないですか、ここくらい。先生の腕の中でだけ、わたくしを生徒でいさせてください」

「……ったく」


 ◆


「……」


 ふらふらと、行くあてもなく廊下を歩くロイネ。

 考えるのはついさっきのこと。

 礼儀作法のS評価を、あっさりといただいてしまったあのお茶会。


 ―――違う。


 あんなことは、起こるはずじゃなかった。

 わたしはあのとき、感情に任せて怒鳴るはずだった。

 そしてお茶会を台無しにしてしまって。

 だけどゲイルの強い希望で、再試験になる。

 

 そのはずだった。


 そうなると、ロイネはのに。


「やっぱり違う。『アルフェ』だけが、違う」


 あのお茶会に最速で至るために努力をした。

 あの場所には自分だけがいるはずだった。

 だが彼女がいた。

 そして彼女が変えた。


「どうして……どうすれば……」


 結果は違ったとはいえ、すべきことはできたはず。

 自分の手によってでなくともゲイルをいさめることができた。

 目標は達している。


 けれど次はどうだ。


 このまま『違い』が積み重なっていったなら。

 ついには目標を達成できなくなってしまうかもしれない。それどころか、あるいは―――


「……そんなのダメ。『アルフェ』はあんなにやさしくて、格好良くて、そんなキャラじゃない……アルフェさんなんて、許せない……」


 ロイネは瞳に力を宿す。

 暗く、憎らしげとも見える険しいまなざし。


「わたしはハッピーエンドにならなきゃいけない。そのためなら……わたしは……!」


 ロイネは決意し、物語は続く。

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