第59話 風紀委員の日常
新入生たちもそろそろ講義に慣れ始めて、これが学園の日常なのだ、となじみ始めるころ。
上級生たちが去年と変わった空気感への違和感の正体を成長だと実感し始めるころ。
―――アルフェは絶賛殴り掛かられ中だった。
「ご覧の通り私は風紀委員であり、あなたのこの行為は明確な違法行為であるとご通告いたします」
「くそっ! ナメやがってこのガキが!」
拳をひらひらとかわしながら淡々と告げるアルフェに大柄な先輩学生はますます青筋を立てる。
怒りのあまりにさらに勢いを増す彼の攻撃は、しかし毛先をさえかすめない。
「その程度の発言であれば暴言とは判定いたしませんが、暴力を伴うとなれば恫喝として罰則を下す必要が出てまいります。速やかに投降すればその限りではありませんが……」
「ッるせぇオラァッ!」
「では警告は以上です」
「あ゛っ???」
ひゅ、とすれ違う。
傍から見ればただそれだけで生徒が倒れ伏したように見えただろう。
アルフェはドレスを軽くぱっぱと払って、ちょうど騒ぎを聞きつけてやってきた先輩風紀委員に任せる。
確保権を有さないアルフェなので制圧したら後は先輩任せだが、これも貢献として実績に含まれるのだ。
先輩は、だからアルフェに気をつかって観戦していたくらいである。先輩なので。
「おつかれさまだなー」
「お、お、おつかれさまでしっ」
「いえ。譲っていただきありがとうございます」
先輩と一緒に観戦していたロコロコとミーティアと合流する。
一緒に巡回していた彼女たちだが、騒ぎがあると自然とアルフェに譲ってくれる。彼女たちはあまり実績には興味がないらしい。
もちろんそのために先ほどのようにアルフェが一人で相手をする必要はあるが……ベルやフリエと比べれば赤子である。
それからまた巡回を開始してしばらくしたころ。
「あっ、あの」
ずっと何かを言おうとしていたミーティアが、ようやく意を決した様子でアルフェの前に出る。
朝からなにか言いたげな様子だったが、すでにすべての講義が終わったこのタイミングでようやくだ。
そろそろいい加減話を向けたほうがいいかと、そう思っていたところである。
「あ、アルフェさん、そのっ、あの、あ、あのあのあの」
「はい。なんでしょうか」
「めっ、迷宮を攻略なさったんですよね!?」
「おっ、そーなのか?」
「ええ。前回の休講日に」
集まる視線にアルフェはうなずく。
それからそっとまなざしをやわらげた。
「告知などはないはずですが……ご存じでしたか」
「ぐ、ぐぐぐぜんですっ! し、調べたとかではなく!」
「? それはまあ、そうでしょうね」
どうして同級生の動向を隠れて調べる必要があるのか。告知こそないが、一年生が続けざまに迷宮を攻略したというのは話題としてはそれなりにアツい。
アルフェの場合は、はたからすればソロ攻略なのだし。
「ロコはまだ月晶だなー」
「この間お会いしたときはほとんど終わっていたはずですが」
「んー、ロコあんま土の中わかんないからなー……」
「そうなのですか。やはり生息条件だけでは難しいものがありますね」
「でも次には神殿だな! 負けてらんないもんなー」
迷宮談議に花を咲かせるふたりの一方で、みるみるしおしおとしぼむミーティア。
使い果たした勇気はもはや頼れず、よどんだ瞳にロコロコを収めている。
「ミーティアさんは、」
「ひゃひ!?」
と、突如名前を呼ばれてすっとんきょうな声を上げるミーティア。
いつものことなのでアルフェはさして気にした様子もなく言葉をつづけた。
「迷宮学をお選びになる予定はないのですよね。迷宮にはご興味がないのかしら」
「どっ、あっ、えとっあのっ」
「迷宮の話題を出されたので、もしかしたら少し興味があったのかと」
「おっ、あっ、ちょっ、っと? だけ? あるかもしれませ、ん?」
しどろもどろ。
とてもいつものことである。
「そうでしたか。せっかく学園迷宮などというおあつらえ向きの施設があるのですから体験しておいて損はありませんものね」
「へぁあ……あっ! ああああの! も゛っもしととたらっ、とったら! 講義をとったら、その、一緒にめ、迷宮とか……」
「ふふ、それもいいかもしれませんね。……ああけれど、一緒に履修していないとパーティとして認められませんから……講義点を思うともったいないかもしれません」
「ぜ、ぜんぜん問題ない! です!」
きらきらと目を輝かせるミーティア。
そんな彼女に楽しげに笑うのはロコロコだ。
「んじゃロコもいっしょだな! 三人で探索者だ!」
「…………そうですね」
一転してひどく冷めたまなざしになるミーティア。
彼女はなにかとロコロコを疎んでいる様子があるので、アルフェとしては仲良くしてほしい。
役職を持てばその部下の働きぶりも実績となるので。
とても純粋な打算である。
もちろん、仲がいいに越したことはないというのもあるが。
「あっ、そんなことより、あの、アルフェさん、もうひとつ……いいですか?」
「いかがいたしましたか?」
この際だからともうひと踏ん張りしたらしいミーティアの問いかけ。
アルフェがもちろんとうなずけば、彼女はほの暗いものを瞳に宿して首を傾げた。
「この間……あの桃色の髪をした方とどこかへお出かけしていましたよね……?」
「ああ。礼儀作法の試験のことですか。ルール先生の付き添いとしてお茶会を」
「お茶してきたんですか……」
ずぅん、と瞳からハイライトを失う。
お茶というかお茶会のサーバーである。
いったい何を勘違いしているのかと首をかしげると同時に、イヤなことを思い出したな、と内心わずかに眉をひそめる。
「うへー、ロコはそゆのムリだな……」
「やってみれば楽しいものですよ」
「楽しかった……!?」
「まあ、少々ハプニングはありましたが……」
「はははハプニング!?」
愕然とするミーティア。
お茶会をなんの隠語だと思っているのだろう。
いったん落ち着かせるべきだろうか、と思っていると、彼女は突如として駆け出した。
「うぅうぅうう……!」
歯を食いしばりながらの疾走である。
しかしふたりは特に焦ることもない。
たまにあることだ。
そしていつものようにさほどしない間に彼女はつまずいて転びそうになるので、アルフェが抱き留めてやった。
そうすれば色々と吹き飛んでしまうらしく、彼女は言語能力をしばらく失う。
このありさまでいったいどうやって風紀委員になれたのか……ひそかに謎に思っているところである。
《レーギサホーねぇ》
はふぅ、と吐息するベル。
アルフェはふ、と目を細めた。
はやいところ結果が知りたいと、学園の受験以来に思うアルフェだった。
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