第58話 必殺ベル騎乗

 第三層『封炎の神殿』の攻略を始めたアルフェたち。

 これまでの階層では討伐手帳を埋め立てる作業を優先していたが、今回は攻略を優先するつもりだった。


 迎えのフレイナイトでひとまず遊び終えたところで、ふたりはこの迷宮の最奥を目指す。


 最速攻略とはならなかったが―――だからといって大人しくしているつもりはなかった。


 どのみち討伐手帳を埋めようと思えば最奥の敵をおいてはおけない。早いか遅いかの違いだ。


 だから。


「今日中に仕留めます。全速力で行きましょうか」

《げはははは! そりゃあいいなぁおい!》


 アルフェは呪文によって現実させたベルに乗る。

 ふさふさの毛皮は、そっと寝そべるように頬を触れればなんとも頼りになる信頼感があった。


「お願いしますね」

《寝ててもいいぜ!》

「ふふ、お言葉に甘えてしまいましょうか」


 まさか本当に眠るわけでもないが、少しささくれだった心を鎮めようと目を閉じるアルフェ。

 ベルはそれに上機嫌で尻尾を振り、アルフェを半分以上自分の身体に埋没させると高らかに吠えた。


《―――行くぜおい》


 そしてベルは駆ける。

 魔物を吹き飛ばし、壁を天井を泳ぐように這い、誰よりもどこまでも速く駆ける駆ける。

 その鼻を耳をあらゆる感覚を頼りに最奥を目指す彼女を食い止められるようなものはどこにもいない。


 迷路のような通路を最短経路で貫き、溶岩の滝を飛び越えて、吹き上がる溶岩の湖をすり抜けて、


 そして―――


《見えたぜ》


 ベルは巨大な門へと至る。

 それを体当たりでぶち抜けば、その向こうには黄金の鎧をまとった溶岩の巨人が―――


《グラァアアアッ!》


 爪一閃で、ぶった切られる。


 シュタッ、と着地するベル。

 彼女が止まったことに気が付いたアルフェは目を開いて、そして振り向いてみれば崩れ落ちていく巨人がいた。


 封炎の神殿最奥を守る守護者ソルガーディアン。


 の、死骸である。


「……お疲れ様です」

《おうよ。まあワタシにかかりゃあこんなもんだぜ》


 起き上がったアルフェの頬を嬉しそうにぺろるベル。

 アルフェは彼女をよしよししながら降り立つと、ふたりでソルナイトの死骸を眺める。

 どろどろと崩れていく溶岩の中には、炎のように揺らめく結晶体が残った。


 ソルナイトの討伐証明である特殊な魔石だ。


 とことこと溶岩の上を歩いたベルがそれを持ち上げて、のっしのっしとわきによけた。

 なにせ溶岩に浸かっていた物体なのでそのまま収納するとバックが燃える。


「冷めるまで持ち運ぶのも面倒ですね」

《んむー》


 戻ってきたベルがぐりぐりと頭をおなかに押し付けてくるので、アルフェはそっと笑った。

 冷めるまでベルに持ち歩かせてもよかったが……どのみちこのまま帰還するのだ。帰る歩数は同じである。


「きちんと警戒してくださいよ」

《おうよ~♪》


 上機嫌にぺろぺろやってくるベルに従ってその場に座り込む。そのとたんおりゃあと押し倒されたアルフェは、皮膚がなくなるんじゃないかというくらいにベルにじゃれつかれることになった。


 ◆


 アルフェの迷宮攻略は、だからといって別に広く知られることでもない。

 それでも部屋に戻ると、フリエは一目で見抜いた。


「へえ。それならこれからはもうちょっと訓練の時間をとれるね」


 と、なんとも嬉しそうに笑うフリエ。

 以前までの優しさはどこへやらだ。


 そんなだから友達潰すんだろ、とベルは思ったが、口に出したら聞こえてなくてもバレそうなのでやめておいた。


「なんとなく凄いイヤな気分になったんだけど」

《マジかよ》


 慌ててにくきうで口をふさぐベル。

 アルフェはまったくなにも気が付いていないふりをした。


「申し訳ありませんが先輩、まだ討伐手帳が残っておりますのでしばらく迷宮攻略は続くのです」

「え? うん。でもそこまで深く進む必要ないからもっと早く戻ってこれるでしょ?」

「……はい」


 当たり前のように求められてはしかたがない。

 もとよりフリエとの訓練を行うのは望むところなのだ。なにせ討伐手帳さえ埋めれば残すところは『実践剣術』のみ―――そしてそれこそが最も難易度の高い講義。


 であればそのために少しでも実力を高めるのは必須だろう。


「さて、そんなことよりお祝いしよっか」


 覚悟を決めるアルフェの一方で、フリエは一転して和やかな笑みを浮かべる。

 どうやらスパルタフリエモードと優しい先輩モードは同居できるらしい。


 今夜からの険しい訓練に向けて、アルフェはひとまずのんびりと休むことにした。

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