第56話 ヤケ迷宮
「評価結果はまたしばらくしたら教えてやるよ。座して待ちな」
そんな宣言をもってS評価試験は終わりを迎えた。
学園の駅に残されたアルフェとロイネは、人気のないホームで夕焼けを見上げていた。
「お疲れさまでしたロイネさん」
《まったくかったるい試験だったぜ》
「あ、えとはい……あの、お疲れさまです」
しょんぼりと頭を下げるロイネ。
いろいろと思うところはありそうだったが相談に乗ってやる理由もなし。
「戻りましょうか」
「はい……あのっ、アルフェさん」
「いかがいたしましたか?」
応えても、ロイネはしばらく言いよどんだ。
それからなんとも言いにくそうに、
「…………あの、ごめんなさい、わたし」
「私はただ必要なことをしただけです」
彼女の謝罪をアルフェはあっさりとはねのける。
あの場でロイネが感情に任せた振る舞いをすればその時点でアルフェもろとも退去になりかねない。
だからそれを阻止するほかなく、阻止したからには代わりに発言するのが道理で。
そこからの発言はほぼ流れであり、そして誠実を求められた以上は背くこともできないとなれば仕方がない。
「私たちはできる限りのことをした、それ以上のことはありません。結果が知れるのはまだ先のことですしね」
だから今なにを憂う必要もないと、アルフェはロイネにそう告げる。
実際のところめちゃくちゃ憂いていても、結果が出るまではまだ分からない。アルフェはS評価を得るつもりでやっているのだから、終わった以上はS評価を獲得したつもりでいるべきなのだ。
診断されるまでは骨折じゃないのである。
《……コイツがいなけりゃハナシぁカンタンだったのによ》
ベルはそう言った。
アルフェは内心で同意したが、それでもなってしまったものは仕方がない。過去を憂うことよりも、やるべきことがあるのだ。
―――迷宮に行きましょう
べつにヤケではないのである。
◆
とはいえ夕方から迷宮に入っては睡眠時間にさしつかえるので、ヤケ迷宮は翌日まで延期である。
ちなみに昨夜。
「アルフェさん……鬼気迫るのはいいけど勢いだけでどうにかなるのは物語の中だけだよ」
と、フリエにはいつにもまして瞬殺された。
さて翌日。
もちろん今のところS評価を目指すになんら支障もないアルフェは、月晶の花園へと降りてきた。
アルフェが第二層で討伐すべき相手は残りひとつ。
ちょうど第三層の近くに咲いていたので、それを仕留めてから次に向かおうという算段である。
《やっぱおギョーギなんてもんはかたっくるしいだけだぜなぁオイ》
「そういうものが必要なこともあるのですよ」
昨日のお茶会のおかげでいろいろうっぷんがたまっているらしいベル。どうも空気感が合わなかったらしい。昨日からなにか、あえてご飯を汚く食べたりしている。
迷宮でもおつまみ感覚で魔物を砕いてむしゃむしゃしながら歩いていたくらいだ。
そうこうしている間に、ベルの耳にはそれが届き始める。
《んぉ》
「聞こえてきましたか?」
《っぽいな》
そもそもこの魔物の存在を初めて感知したのもベルだった。
それはこの月晶の洞窟のどこかに咲いて、自由気ままに歌っている。
しばらく進んでいると歌声はアルフェの耳にも届くようになってきて、それからさらに進むと、今度は目に見えるようになる。
月晶が、揺れている。
波紋する光がそういう風に見せている。
月晶には衝撃に反応して光を生み出す性質がある。
不思議な力強さを持つ歌声によって月晶が震え、それが光の波紋として乱舞していた。
「美しいですね」
《ほぉん。おもしれぇな》
まるで月光に揺れる夜の海。
ふたりは静かに歩きながら、不思議な歌声に身を任せる。
光は少しずつその波を荒らげる。
声に近づくほど、月晶の振動はより強くなっていく。
やがてたどり着いたその場所はだから―――光の中だった。
光の中に、咲いている。
それは花だ。
月晶の花。
その花弁をドレスに咲き誇る女性のような姿があった。
月晶の華。
華は歌う。
その歌声が月晶を揺らし、波紋の光を幾重にも生み出している。
それこそが月晶の花園たる所以。
咲き誇る月晶の中で歌う月唱の姫―――ルーシエラ。
それはガラス玉の瞳をアルフェたちに向けると、さらに高らかに声を張り上げる。
地の揺れが足元にさえ感じるほどの歌声は月晶をさらに振動させる。
光が月晶を満たし、反射増幅したそれは月晶内部で集結し輝きを産む。
そして―――
ジュアッ!
岩肌に突き刺さった光線が岩石を赤熱させた。
ルーシエラは環境を支配する魔物だ。
月晶を歌声によって振動させ、発生する光を収束させた強力なエネルギーを射出して攻撃する。
「どういう仕組みで狙っているのでしょうか」
光という避けられるはずもない攻撃を回避してみせたアルフェは、広げた術域に渦巻く炎を現実させた。
火炎が光を喰らい尽くす。
鉄さえ溶かすその高温は、しかし月晶の融点には届かない。炎の中でルーシエラは揺るぎなく歌い続け、光線は無差別に洞窟を焼いていった。
アルフェはじっくりと洞窟を炙り、それから今度は猛烈な冷気の波を送り付けた。
月晶は金属に似ている。極めて硬く、そして粘りも強い金属だ。
だから温度変化程度で砕けるはずもない。
しかしその土台となる地盤は別だった。
月水晶が熱で膨張し、そして冷気により縮小する。
これにより月晶を支える岩肌は拘束を弛め、そこへ響く強烈な歌声が振動でもって破壊する。
崩落する洞窟。
降り注ぐ月晶の塊。
ルーシエラの歌声が悲鳴じみた響きへと変わる。
月晶に打たれてうずくまる彼女はそれでも歌い止むことはなく、地面との衝突によって更なる衝撃を加えられた月晶は光を集め撒き散らす。
アルフェはひとつ通路を戻り、光に染る広場を眺めていた。
月晶の撒き散らす光はまた別の月晶の内部で増幅し射出される。見るまに地面を覆い尽くした月晶はとてつもない光を撒き散らし、そしてその光によって月晶は急速に熱せられる。
透明な月晶は光を通過させる過程で全体が熱されるから、融点を超えた瞬間それらはいっせいに溶け始めた。
波打つ光の海に月唱がとどろく。
しばらく待ったアルフェはその場所にまた冷気を流し込み、どろどろと溶けた金属を急速に凝固させた。
溶けた岩石と月晶が混ざり、急速に硬化したことによってひどくもろく固まったマーブル模様の地面。
じゃりじゃりとした足音を鳴らしながら、アルフェは空洞の中心部に歩み寄る。
「なおもくじけず……ですか」
そこにはルーシエラがある。
ただの月晶ならざるそれは、だからあの閃熱の中にあってもかろうじて形を保っていた。
しかし砕けたその身は、歌うだけで全身を破滅させていく。このまま眺めているだけでも終わるだろう。
だからアルフェは直剣を抜き放った。
「鑑賞料はお支払いいたしましょう」
軽やかに地を蹴り、そして一瞬でルーシエラを貫く。
全身のひび割れが瞬く間に全身を満たし、あっという間にそれは崩れ落ちた。
その中から頭部を拾い上げてバックにしまう。それがルーシエラの討伐証明部位だ。
《んむぅ。面白くねぇぜ》
「ようは月晶の塊ですから……あなたならば一撃で粉砕できるでしょうね」
《そんなもんか》
物足りなさげに尻尾をぴょんぴょん振るベル。
崩れ落ちた破片を爪でぱきぱきへし砕いて、ひとつぶるりと身体を震わせるともう興味をなくしていた。
《んじゃ次いこーぜ。次が一番強ぇんだろ?》
「そうですね」
ルーシエラを討伐したことで第二層での目的はすべてこなした。
となれば次の目的地は第三層。
その入り口はすでに見つけている。
ふたりはまた洞窟を進み、やがてそこへとたどり着く。
穴だ。
ただしそれは、この場所へつながる大穴とは違う。
継ぎ目のない石材によって舗装され、らせん状の階段がぐるぐると下っていく大穴だ。覗き込むと奥には光が揺らめいていた。
石材の階段には月晶の細工が刻まれ、足を乗せると脈のように光が流れていく。
《深ぇな》
「のんびり歩くのも面倒ですね」
アルフェは軽やかに階段を飛び降りた。
流れていく景色。
奥に揺らめくその光が、壁の内部を走る溶岩の脈だと分かる。そして展開した術域に力場を生じさせ、自らの身体を受け止めた。
しゅた、と華麗に着地するアルフェ。
そこは小さな部屋だった。
部屋を縁取る通路を流れている溶岩によって照らされた石の小部屋。
そして。
まるでアルフェたちを迎えるようにガシャガシャと響く足音があった。
《げはは》
「お迎えのようですね」
通路を突き進む鎧騎士たちを前に、アルフェは剣を抜き放つ。
この道中で溜まったうっぷんを、せいぜい叩きつけさせてもらうとしよう。
べつにヤケではないけれど。
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