第55話 わくわくお茶会大作戦
―――そして来る決戦の日。
前日の迷宮探索までお休みにして、アルフェは『礼儀作法』のS評価試験に挑む。
どこからともなく情報を集めてきた三姉妹のアドバイスをもとに選んだ使用人服は、少なくとも門前払いを受けることはなかった。
エプロンドレス姿のロイネもまたお眼鏡に適ったらしく、ふたりで決戦の場へと向かう。
「がんばりましょうねっ」
「ええ。ともに合格を得られるよう願っております」
「ハンッ、願いなんざ評価点にゃ含まれないよ」
励ましあうふたりを切って捨てるルールである。
彼女の辞書に手心の使用例は載っていない。
さて、一行はいくつかの駅を乗り継いで共和国領へと入った。昼を過ぎたころにようやくその首都である旧王都へとやってきて、そこからは迎えの魔動車に乗って旧王城―――旧王家の住まいであり、共和国最高議会の集会場であるその場所へと向かう。
「……まさか」
《んぉ?》
「ああ言ってなかったかい? 今日のホストは旧王家さ。まあ今じゃただの金持ちだけどねぇ」
へっへっへ、と笑うルール。
旧王家をただの金持ち呼ばわりするのは飲んだくれか彼女くらいのものである。
すくなくともアルフェとロイネは笑えない。
「旧王族……いえ、特位貴族の御方からはどなたがいらっしゃるのでしょうか」
「長女と三男だよ。三男の行儀を見るのもかねてるのさ。リネルダはアタシの最高の弟子のひとりさね」
「そういうことでしたか」
リネルダといえば特位貴族家キングスの長女である。
今や旧国王に代わって共和国最高議会の議長をこなしている、若き俊英だとか。
「そういえば……ルール先生。学園にもキングス家の方がいらっしゃるそうですが」
「ああ次男坊かい。まあどんな家にもいろんなヤツがいるものさ」
あっさりと言ってのけるルール。
三男のためにルールが出向いている、という事実がいろいろなことを物語っていた。
ロイネはそんな彼女の言葉になんとも複雑そうな表情を浮かべて、それからちらりとアルフェを見やった。
「……アルフェさんは、ヘイロン様のことをどう思われていますか?」
「…………ああ。キングスのあの方とはよく一緒にいらっしゃいましたね」
「あ、興味がなさそうですね……わかりました……」
「なんだい恋バナかい? このババアにも聞かせなよ」
《あ゛ぁコラ》
やかましいババアである。
ベルも牙をむいたが、アルフェはあっさりと。
「私にはすでに運命を共にする者がありますので」
《んふふふ》
「え」
「おやおやまあまあ、ソイツは面白そうな話じゃないかい。どんなヤツなんだいえぇ」
「とても情熱的な女性です。それにとても頼りになるので……つい気を抜いたら寄りかかってしまいそうになります」
「へぇ、なんだいなんだい。その調子だと……ヤってんのかいえぇ!?」
やかましい色狂いババアである。
ベルも牙をむいたが、アルフェは完成された笑みを浮かべた。愛想笑みだった。
「お、おんなのこ……!?」
「?」
一方でぱちくりと瞬くロイネにアルフェは首をかしげる。女性同士が恋愛関係になることのなにが引っかかるのか。
もっとも、ベルとアルフェはそのような代物ではないが……今度から似たような話題の時には積極的に使っていこうかな、とアルフェは思った。
ベルのことを隠す必要があるのは当然として、それはそれとしてその力を示したい気持ちもある。
「で、で!? どうなんだいアンタ! そんな澄ました顔してヤることヤってんのかい!?」
《ケッ、下品なババアだぜ》
「うふふふ」
「お、女の子どうし……? でもケダモノ姫にそんな……」
「おっと、そういやそっちの嬢ちゃんはどうなんだい」
「ひぇっ、あの私はそういうのは」
「あ゛ぁんどうなんだいえぇ? 正直に吐きなよ、面白けりゃS評価だろうがなんだろうがくれてやるよ」
「ぴぇえ」
―――そんなこんなで。
一行は、場違いなほどに和やかな空気のまま王城へと向かうのだった。
◆
小鳥の歌う中庭に、白色のテーブルがぽつんとある。
そこに住まう特位貴族がプライベートで使用する、そんなささやかな茶会場。
その場所で、テーブルを囲むのは礼儀を身に着けた三人の人物である。
ひとりは老齢の師、ルール。
これ以上ないほど磨き上げられた作法で茶をたしなみながら、冷酷な視線で教え子を採点している。
その視線にさらされるのは若い少年だ。
「いやあそれにしても、久方ぶりにお会いしたというのにやはりルール様はお変わりないですね」
涼やかな表情で茶菓子を食べながら、まるで気負いなくおしゃべりに夢中である。
そしてもうひとりはこれまた若い女性。
「本当に。その若々しさの秘訣をお伺いしたいものです」
少年と同じくらい幼くも見えるが、ルールにも引けを取らないほどまっすぐな姿勢でニコニコ笑っている。
「リネルダ様に仰られると皮肉めいたものを感じますが」
「姉上ほど年齢不詳の者はおりますまい」
「……ゲイル、この後の予定はどうなっていましたか?」
「………………い、一時間ほど暇がございます」
「二時間にしなさい」
「御意……」
「相変わらず仲の良いごきょうだいでございますな」
そしてその場に控えるのはもうふたり。
まるで空気のようにその場に佇みながら適切なタイミングで給仕している。
主役であるテーブルを円滑に回すのが彼女たちの使命だから、用がなければ口を開くこともない。
「と、ところでルール様。我が兄上のご様子はご存じですか? なんでもあなた様の講義はお受けしていないとのことですが」
三男のゲイルが話題を逸らすようにルールへと話を向ける。
「兄上と申しますとヘイロン様でございますか。申し訳ございませんが、講義生でもなければそう拝見する機会もございませんゆえ」
「そうですか。いえ、実はあまりいい噂を耳にしていないものでして」
「ゲイル、およしなさい」
リネルダがたしなめるとゲイルは肩をすくめた。
「遠くの地で励む肉親を気がかりに思うのは弟として当然のことではありませんか。それもなにやら、まるで兄上が身分を笠に身勝手なふるまいをしているかのような根も葉もないうわさが聞こえてくるとなればなおのこと」
すぅ、と細まった眼差しが給仕の二人へとむけられる。
一礼するふたりに彼は首を傾げた。
「キミたちは兄上のご同輩なのだろう? 無礼とは言わないさ。良ければ率直な意見を聞いてもいいかい。場合によってはそう―――本当に無礼を働いているというのならしかるべき処置を執ろう」
ゆるりと口角が上がる。
まるで痛めつけるような、そんな笑み。
「ぜひとも教えてくれ。アレは貴き血を持つ者として不適格なふるまいをしているのだろう? ボクならそれを正しく処罰できる」
「ゲイル」
「姉上あなたもご存じでしょう。もしもうわさが本当ならボクらはそれをどうにかする義務がある。違いますか」
「……ゲイル」
眉をひそめるリネルダ。
ルールはあくまでも傍観の立場を離れずたたずんでいた。
「さあ、ボクが許可をしよう。率直な言葉で兄の愚行を教えておくれ」
その言葉に。
まずまっさきにロイネが、決然たるまなざしで口を開こうとして。
そしてアルフェにわずかに胸のあたりを押され、それだけで簡単に声が閉ざされる。
「!?」
フリエとの打ち合いの中、見よう見まねでそれとなく模倣した人体の外部操作。今のところは狙わなければとてもできるものではないので、フリエに対してやろうとでも意識した瞬間に負ける。
さておき。
そうしてロイネの感情的なふるまいを止めたアルフェは、まず一礼し、その後この茶会の主であるリネルダのもとへと跪く。
「……発言を許します」
「感謝いたします。畏れ多くもこの身にキングス家が三男、ゲイル様へ対する応答のご許可をいただきたく」
「許可しましょう。……ただし、誠実な言葉を」
「御意に」
それからアルフェは立ち上がって今度はゲイルのもとへと。
同じように挨拶を終えると、ゲイルは片眉を上げる。
「キミは……もしかすると、アルフェ嬢ではないか?」
「はい。お耳汚しではございますが」
「とんでもない。むしろ今のキミを見るとどちらかというと兄上が面汚しに思える……いや、実は近況という体でとどく寝物語にはキミのことが随分と悪し様に書かれていた。きっとアレの被害を最も被るのはキミなのだろうと心を痛めていたのだよ」
そう言って伸びる手が、アルフェの頭に触れようとして―――
《―――》
「っ」
その瞬間声もなく殺気を爆発させたベルによって、まるで熱いものに触れたような反射で手を引いた。
しかし少しも体勢を変えないアルフェには何も言えず、なにごともなかったかのようにまた笑みを浮かべた。
「ともかく、では聞かせておくれ。アレはいったいどういうふるまいなのかな」
「畏れ多くもゲイル様。私は学園では風紀委員として、学園を法規によって正す職務についております」
「おお、それはまたなんとも素晴らしい」
「その上で学園の生徒ヘイロン様は―――貴方様のお言葉にそぐわぬお方である、と」
「……なんだって?」
とても想像だにしない言葉だったらしい。
目を見開くゲイルに、アルフェはなおも言葉を続ける。
「確かにヘイロン様は我々風紀委員としても目をつけております。しかしゲイル様におかれましては特位貴族が三男という貴きお方。そのお方直々に手を下すというお言葉にはそれ相応の重大さがあることをご確認ください」
「…………キミ。まさかボクに苦言を呈しているのかい」
「畏れ多くもリネルダ様より、我が最上の真実でもってお答えするようお言葉をいただいております」
しれっと責任を投げつけるアルフェ。
礼儀作法とはその空間における限定的な法律である。
そして共和国式茶会における主の言葉は絶対厳守。
逆に言えば、それを守るためならば多少の無茶をねじ伏せられる。
だからなおも止まらない。
「ヘイロン様は当学園の生徒であり、共和国法の外部に属するもの。そこにまで貴方様の感情を届かせようとするのはそれこそ不適格なふるまいでございます」
「アレはボクの兄だ」
「我が学園のいち生徒にございますゆえ―――裁くべきは我らが学園法規であり、そして我ら風紀委員です」
そこまで告げたアルフェは、深々と礼をしてゲイルの前から離れる。
そして内心、とても深々とため息をついた。
―――やってしまったかもしれない。
「……やっちまったねぇ」
ルールもつぶやいた。
かなりマズそうである。
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