第54話 招待

「今週の第二休講日に茶会をやるよ」


 と、そんなことを言われたのは礼儀作法の講義終わりだった。

 担当講師ルールからの一方的な宣言、そして「共和国式最上位茶会、招待客がワタシ、アンタはそのツレだ」という条件だけを与えられたアルフェ。


 ルールはアルフェの条件反射的な返事にうなずくと今度は桃色のロイネへと話を持ち掛けているようだった。


 突然のことではあったが、カーテシー三姉妹からの指導を受けていたアルフェにはその意味が分かった。


 これは―――S評価試験だ。


 高貴な身分の者から講師として呼ばれることさえあるルールのツテにより開催される、実践形式での礼儀作法試験。

 これを完遂することによって『礼儀作法』のS評価が得られる。


 参加条件はルールに認められること。

 お手本としてこれまで完璧なふるまいを見せてきたアルフェはもちろんとして、ロイネもまたそれに迫るほどの熱意と意思でもって講義に望んでいた。


 アルフェからしても、妥当だろう、と思える。


 ともかく、その形式上開催時期は未定、かつて一度だけ学期休みにまでもつれこんだこともあるというそれが、どうやら今週の第二休講日に開かれるらしい。


「来ましたか」

《むぅ。こいつばっかりはワタシぁどうしようもねぇからなぁ》

「あなたに頼りすぎるつもりもありませんよ」


 一度でも粗相をしでかせばそれで終了、そして一学期にチャンスは一度だけという難題ではあるが、アルフェに失敗するつもりは少しもない。


 というか失敗すればその時点でカーテシー三姉妹の所有物だ。失敗などありえない。


「いろいろと……準備が必要そうですね」


 ◆


 というわけで訪れた『カーテシーを極める部』

 全講義終了後のことである。

 そしてS評価試験のことを伝えた瞬間、アルフェは三匹の獣たちに襲われることとなる。


「あなたにはパンツスタイルの方がきっと似合うと思うの」「ロングスカートも素敵じゃないかしら」「私はそちらの燕尾服の方が……」「ルール先生は佇まいがまっすぐしていらっしゃいますからパンツスタイルの方がお供としては美しいのではありませんか」「あらそうかもしれないわ」「きっとアルフェさんはどちらも似合いますもの」「お召替えしてみましょう!」「うふふ、実際にお召しになったほうがよく分かるものね」


 わあきゃあとどこからか引っ張り出してきた衣服をかわるがわるに押し付けられた、と思えば今度はお着替えタイムに入る。

 アルフェに似合う使用人服はスカートかパンツか、その二択に始まって生地や細かなスタイルの違いを追求していく。


 共和国に共通する使用人服は存在していない。

 メジャーなブランドや流行を抑えればおおむね自由である。


「ルール先生はあらゆる国の流行にお詳しくいらっしゃいますものね」「ある程度装いは予測できますが……三着ほど見繕っておきましょうか」「早着替えはもちろんマスターしてありますよね?」「当然です」


 かわるがわる渡される使用人服をくるくると着替えていくアルフェ。

 ばっ! と布を振り払えばすでに次の衣服にそでを通している、というような早着替え技術によって彼女はひとりファッションショー状態だ。


《なにがちげーんだこれ》


 しきりに首をかしげるベルだったが、アルフェには重要なことである。服装ひとつとってもルールに容赦がないのはすでに分かりきっている。


 ―――しばらくののち。


「少し興奮してしまいましたね」「また改めて再考しましょう」「それよりお茶会の練習も必要ですね」「よろしくお願いいたします」


 着せ替えに満足したところで、今度はお茶会練習が始まる。なにせ目的が明確化したので指導にも更なる熱が入る。


 この点に関して、ルールはだまし討ちのようなことを絶対にしない。

 なぜなら彼女のツテとはいえ茶会自体は本物だ、事前の通達はつまりそれまでに完璧に仕上げろという命令であって、求められるのは挑戦ではなく完成である。


 だからこそアルフェは完璧を目指さなければならない。カーテシー三姉妹という最上級の助っ人を得た以上は、それは最低要件だ。

 完璧に仕上げ、そして実戦でふるまう。

 難しいことではあるが、それをなしてこそのSだ。


「「「さあ、始めましょうか」」」


 だから三姉妹からの地獄のような招待に、アルフェは使用人服で胸を張る。

 いざ、死地へと。

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