第53話 次へ

「さてさっそくだけど―――ボクはたぶん、キミの望む以上に強い」


 木剣を軽やかに振るうフリエ。

 アルフェは魔術で作り出した棒を構え、緊張の面持ちでフリエに向き合っていた。

 ベルはその身を現実させることなくアルフェに巻き付きいている。


 虹色の月下に彼女たちはいた。


 コーネリアとの再会を経てなにやら吹っ切れたらしいフリエ、学園に戻ったその夜にはアルフェを連れ出している。


 やる気満々である。


「そしてボクはどうにも人に教えるっていうのがとても苦手でね。なんというか……斬れるときに斬ればそれでおしまいっていうのが、うまく伝わらないんだ」

「それはまた、ずいぶんな無理をおっしゃいますね」

「うん。まあ今はふつうそうなんだって理解しているんだけれど……ともかく、キミの訓練はただひとつ。ボクに攻撃を当てるのを目指すといい。もちろんキミ自身は被弾なしでね」


 ちょっと難しいかな? と首をかしげるフリエ。

 恐るべきことにそれはどこまでも真面目な表情で、アルフェは目を細めた。


「さっそくはじめても?」

「おいで。どこからでも―――」


 問答無用の疾走。

 しかし次の瞬間にアルフェは身体を硬直させていた。


「目の前にいる相手に奇襲を仕掛けたいなら、最低でも五感の半分は奪っておいた方がいいんじゃないかな」


 喉にわずか突き刺さる切っ先。

 棒を振るおうと、そう無意識した瞬間にはすでに命を握られていた。


「さてどんどんいこうか」


 にこやかに笑うフリエ。

 まるで息をするようにアルフェを仕留められるのだと、そう語るかのような余裕である。


 アルフェは一礼をして棒を構えると、再度フリエへと突撃していった。


 その夜からアルフェのフリエにこてんぱんに叩きのめされる日々が始まった。


 ◆


 昼はカーテシー三姉妹によってマナーを仕込まれ。

 夜はベルによって戦いを仕込まれ。

 その後はフリエによって剣術を仕込まれ。

 そしてもちろん予習復習や迷宮探索にも勤しみ。


「キミさ……ボクが言うのもなんだけど大丈夫かい……?」


 ある朝、アルフェはフリエにかなり本気で心配された。


「なにか」

「いやあの、無理しすぎるのもよくないと思うんだけど」

「睡眠時間は確保しています」

《風呂も入ってるしな!》

「うーん。だから逆に怖いんだよね。どうしてそこまでやってちゃんと眠れるの……?」

  

 フリエの言葉に、はてな? と首をかしげるアルフェ。

 どうしてもなにも、そうする必要があるからそうするのだ。それ以上のことはない。


「もうそろそろ迷宮も第三層に移りますから。この調子でいけばあと二、三週もあれば迷宮は踏破できるでしょうし、それまでは問題なく続けられます」

「早いね……? 普通は一学期じゃ難しいからSなんだけど。しかも討伐手帳も埋めながらなんだろう?」

「迷宮ではこの子にも出番がありますのでむしろ容易いことです」

《げはは! まかせろ!》

「そこまでなんだ、その子は」


 しみじみと呟いてアルフェの身体を見る。

 ドレスに隠されない素肌の部分には、大なり小なり傷跡が目立つ。どれもベルによってつけられた傷跡だ。


 フリエからしても、アルフェの戦闘能力は成長著しい。

 それだというのに傷跡は減ることがなく、フリエを

 してもベルの真の実力はうかがい知れなかった。


 それを思えば、実践剣術などという最も相性の悪い講義をすすめたことにもなんとなく責任を覚えないでもない。


「……ねえアルフェさん、迷宮が終わったらまたふたりで甘いものでも食べに行こうね」

「ええ。ぜひ」


 にこりと笑うアルフェに、なんとなく拍子抜けした思いのフリエだった。


 さてそんな忙しい日々を過ごしていたアルフェだったが、もちろん風紀委員としてのお仕事も欠かせない。

 講義の前や休憩時間、ロコロコとミーティアをお供に校内巡回だ。


 第一講義日、一限前にふたりと待ち合わせて一緒に校内を回っていた。


「アルーと一緒だと歩きやすいよなー」


 からりと笑うロコロコに、アルフェはにこりと笑みを返す。


「私はどうも人目を遠ざける質のようで」

《げはは》

「わ、わわわたくしはっ、アルフェ様のお近くだと心が休まります……!」

「そのようなことを仰られたのははじめてですが……よろしければもっとお近くにいらっしゃって?」

「ひぃうっ……ひぃぃ」


 悲鳴を上げながらも身を寄せてくるミーティア。

 負けじとロコロコも寄ってくる。


 この三人、風紀委員である。


 もっともアルフェにはベルがいるので、よほどのことがなければ歩くだけでも風紀委員としての活動には足りる。

 その威圧感はふだん視線除けになっているが、視線を逸らすというのはどうしたって意識しないとならない。わかりやすいところに設置された防犯カメラのように、ただそこにあるだけで無条件に違反行為を諫めるのだ。


 実績と呼ぶには少々地味なのが残念なところだ。


 さてそんな風に風紀にいそしんでいた彼女たち。

 そろそろ講義室にもつこうか、というところで、何やら粗暴な呼びかけに止められる。


「おい!」


 即座にアルフェは懐の手帳を取り出してサラサラと記帳する。


「お名前をお伺いしても?」

「このオレの名を知らないだと!? 不敬な奴め!」

「申し訳ございません」

「ふんっ、オレはヘイロン=ゼル=キングス! 王の血を引く者だ!」


 旧王国が共和国になった今では王家だろうがただの貴族にすぎないのだが、ずいぶんと自信満々に名乗る銀髪。


「ヘイロン様でございますか」


 ちらりとロコロコやミーティアに視線を向けて同意を得て、アルフェはヘイロンの名を『風紀手帳』に記載した。

 暴言程度では即座に罰則などはないものの、風紀委員会データベースに登録されるのだ。


 そんなこともつゆ知らず、ヘイロンはずいぶんと上機嫌でアルフェに挑む。


「いいかキサマ! 今までずいぶんと調子に乗っているようだがそれもここまでだ! オレたちは迷宮を攻略したぞ!」


 アルフェに向けてだけではない高らかな宣言に周囲の生徒がざわつく。

 新入生による迷宮の攻略―――それもこの短期間でともなればちょっとした快挙である。


 だからなんだ、というのがアルフェの本心だが。


「それもこのロイネの力によってだ! キサマの悪意にも負けずな!」


 風紀委員へのいわれなき言いがかりでアルフェはさらにヘイロンを減点した。

 ベルの威圧を突っ切って積極的に悪事を働いてくれるヘイロンは、もしかしたらアルフェにとっては希望かもしれない。


 できることならば今後もぜひお願いしたいところだった。


 それはさておき。


「あぅ……」


 ヘイロンの後ろで身を縮こまらせていたロイネが、突然前に出されてますます縮こまる。

 ざわざわとさらに集まる視線にアルフェが小さく指で合図をして、ベルが威圧によって視線を散らした。


「……」


 じぃ、と見つめてくるロイネ。

 アルフェはそれをちらりと見返したが、すぐにヘイロンへと向き合った。


「お話は以上ですね。ではますますのご健闘をお祈りしております」

「は? お、おい!」


 呼び止めてくるヘイロンを無視し、ふたりを連れて講義室に。


 ―――ああ、けれど、そうですか。


 どうやらもっと迷宮探索に励まなければならないらしい。

 アルフェはひそかにそんな決意をして、静かに瞳を輝かせた。


 もちろん彼女は負けず嫌いである。

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