第52話 青くて甘いキャンディ
アルフェはゆったりとグラスを傾ける。
カーテシー三姉妹とのお茶会で紅茶には散々飲み飽きているのでミックスジュースにしてみた。
ジューサーでミックスされたばかりのジュースは、飲みごたえというよりはいっそ食べごたえとでも言いたくなるどっしりとした飲み口だった。
なかなかにおいしいが、一杯でおなかいっぱいになってしまいそう。
こと、とグラスを置いて、さりげなく指先で口元を拭う。それをベルになめさせてやりながら、アルフェはふたりを見た。
先ほどからフリエとコーネリアはうんともすんとも言わずに向き合っている。
そろそろいい加減に話を振るべきかと、そう思っていると、ようやくフリエが頭を下げた。
「ごめん。コーネリア」
「……それは、いったいなにに対する謝罪なのかな」
「ボクは、……ボクといることで、キミは……」
頭を上げることなくうつむいたままのフリエ。
コーネリアは目を閉じて、それから毅然とフリエを見つめる。
「私はキミのせいでなにかを失ったことはない」
「コーネリア……」
「だから本当は、私から謝罪するべきだったんだ。……キミを思い悩ませて、すまない」
互いに頭を下げる。
そうすることで少しだけ、ふたりは話しやすくなったようだ。
「私は、キミに嫉妬した。キミとの差に打ちひしがれもした。だけどね、フリエ。私はそれ以上にキミにあこがれていたんだ」
「ボクはずっと、キミを傷つけていたんじゃないのかい?」
「キミのそういうところはとても傲慢だね。キミは私をそれほどまでに弱い人間と思っているのかい?」
「そんなことは……いや。どうなんだろう。ボクは、ずっとキミに離れてほしくなかったんだ。ボクだけが評価されることで、キミがボクを嫌いになってしまうかもしれないって、そう思って」
「私への評価が不当だったことはない。私にとってはむしろ、キミが私のせいで過小評価されるのがガマンならなかった」
「過小評価だなんて」
「キミは『最強の剣』にだって勝てたはずだ。一年一学期、キミは選択科目オールSをとれるはずだった」
「それは……」
「私のあこがれたキミが私のせいで歪むことが私には耐えられなかった。キミはいつだって自身に満ち溢れて、そしてどこまでもまっすぐだった。風紀委員の活動だって、きっと腕輪なんて制度がなかったとしても同じようにキミはしたはずだ」
「買いかぶりすぎだよ」
「私の中ではそうなんだ。だから、そうでないたびに苦しかった。いつもキミのそばには私がいた。私のせいでキミは変わってしまった」
「キミがそんなことを思っていたなんて……」
「私は感じていた。キミが私のふるまいに罪悪感を覚えていることを。だけど、ダメなんだ。キミを元に戻すためにキミのライバルでいるには、私はあまりにも力がない。だから私はキミに見限られたかった。私に幻滅して、容赦なく切り捨ててしまうように祈った」
「そんなことできるわけない。ボクはキミを親友だと思っていたんだ」
「ああそうなんだろう。だから最後、キミは私の愚行を隠そうとした。そんなこと許せるはずもない」
「……ボクの善意は、全部全部空回りだ」
「それがキミにとっての最善じゃないからだ」
「ボクにとっての……?」
「キミはもっと自分本位であるべきなんだ。言ってはなんだが、キミの才能は誰かを慮るようにはできていない」
「キミに言われると……痛いな」
「どうしようもない事実だ。だからキミは自己中心的でいればいい。初めはそうだったはずだ。あの頃のキミこそが最も輝いていた。私なんかの顔色をうかがうキミはあまりにも苦痛だった」
「……キミもたいがい、わがままじゃないか」
「ああそうだ。それともなにか? まさか私が、ただキミに振り回されるだけの人間だとでも言いたいのかい」
「いや……ああそうか、そんなはずはない。キミは……そう、キミは、ボクのライバルなんだもん。そう言いだしたのはキミだった―――ボクに、真っ向から敵対を宣言していたのはキミだった」
「そうともフリエ。私ははなから、キミの気遣いなんて欲しくはなかったんだ。それくらい、キミは理解してくれるものだと思っていた」
「それこそ買い被りだよ。……ボクは、ただのおくびょうものだから」
「そうらしい。……だけどキミは、どうやら出会ってしまったようじゃないか」
「……?」
「私のように心配したり、気遣わなくたっていいような相手に―――」
そこでコーネリアは言葉を区切る。
視線を向けられたアルフェは、空のグラスを置いた。
「アルフェさんは、私よりずっと強そうだ」
《そりゃそうだな!》
「……………………まあ」
「ははは! どうやらずいぶんと仲がいいみたいだな。少し妬ける」
「どうだろう。つい先週めちゃくちゃに喧嘩したけど」
「あら。私はただご指導いただいただけと存じておりますが」
《むぅ……》
「……」
「ふふ、私はついぞコイツと喧嘩なんてできなかったからな。ああ、本当に……妬けるよ」
そっと寂しげに頬を揺らす。
フリエは言葉を探して瞳を動かしたが、うまく見つからなくて口をつぐんだ。
「なあフリエ。ひとついいだろうか。ちょっと顔を貸してくれ」
ちらりとアルフェを見て言うコーネリアに、内緒話とでも思って顔を寄せるフリエ。
コーネリアもまた同じように身を乗り出して―――
《ひゅうー!》
「っ!?」
バッ! と思い切り身体を離したフリエがソファに墜落する。
コーネリアはそっと余韻を確かめるように目を閉じて、そうして楽しげに笑った。
「いっそあのころ、こうしていれば違ったんだろうな」
「なっ、ちょっ、はぁ!?」
「……私は一度席を外したほうがいいでしょうか」
「ないないないない!」
「はは、必要ないとも。これっきりだ」
軽やかにウィンクをしたコーネリアは立ち上がる。
会計をテーブルに置いて、さっそうと身をひるがえした。
「まだまだ話したりないが、すまない。休憩というのは嘘なんだ。どうやら見つかってしまったらしい」
ふと視線を窓に向けると、そこにはコーネリアと同じ制服を着た女性警官が顔を真っ赤にして目じりをこれ以上ないほど上げていた。
憤怒の形相である。
「コーネリア、ボクは、」
「フリエ」
たしなめるような強い口調。
そしてコーネリアはなにかを投げつけた。
フリエが受け取ってみると、それはキャンディの入ったビンだった。
「キミがどう思っているかは知らないが、私はいまだにそれを舐めるたびにキミとの一年を思い出す。それだけ伝えられれば、満足だ」
彼女は去って、ふたりは残された。
キャンディを見下ろしていたフリエは、おもむろに一粒、口に放る。
「…………そっか」
からころ。
ひとつ転がして、かみ砕く。
そしてフリエは、アルフェにビンを渡した。
「あげる」
「よろしいのですか?」
「ああ。ボクは同じのを持ってるから。……たくさん、持ってるんだ」
そう言って笑ったフリエは、両手で顔を覆って静かに泣いた。
アルフェはただ黙ってうなずいて、飴を舐めてみる。
甘い、甘い飴だ。
興味津々なベルに口移しで食べさせてみると、彼女は嬉々としてかみ砕いた。
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