第51話 過去の女

「ボクらはキミが思うよりずっと深刻に仲たがいをしているんだ」

「そうですか」

「彼女からしたら、ボクは自分の人生をぶち壊しにした最悪の相手なんだよ」

「そうですか」

「……あのさ、聞いてる?」

「そうですね」

「……聞き入れるつもりがないのはすごいよく分かったよ……」


 どっと押し寄せる徒労感に肩を落とすフリエ。

 しかし今更はいそうですか、とアルフェが意見を変えるはずもない。


 なにせすでに、ふたりはやってきてしまったのだ。


 フリエの過去にカチコミかけると宣言した一週間後、外出許可申請が通るなり電車に揺られて遠路もはるばる、ルームメイトの故郷へと。


「ねぇほんとに? ボクあの、ホントに?」

「お覚悟を」

「覚悟って……」

《ぴぃぴぃやかましいぜまったく》


 半ば以上強引だった、とはいえここまでついてきているということは少なからず会おうという意思はあるはずなのに、フリエはまだうじうじとためらっている。


 そんな彼女をしり目にアルフェはきょろきょろと、フリエのルームメイトであるという人物を探していた。


 故郷、とはいえ彼女の退学以降の足取りを知っているわけではないが、ほかに手掛かりはない。

 分かっていることは、彼女の故郷がこの場所であることと、それからフリエが彼女の家族やなんかについて聞いたことのあることくらい。


「……見つからないんじゃないかな、この調子だと」


 どこか安堵したような、それとも残念がるようなあいまいな表情で言うフリエ。

 その視線はさりげなく周囲を見渡して、通り過ぎていく車内にさえ注意を払っている。


 それなのに隙あらば帰ろうとするのだから、なるほどいろいろと複雑な思いを抱えているのは間違いない。


 ―――さてしばらくして。


 もし元ルームメイトがいるにしても普通に歩き回っているだけでは見つからないのではないか、とそう思い始めるころ。


 運命というのは、案外ひょっこり顔を出す。


「あ」

「―――おや、フリエ」


 曲がり角を曲がったその瞬間だった。

 さりげなくすれ違いそうになった彼女がフリエの顔を見るなり声を上げた。


 青色の髪の、背の高い女性だ。

 ちらほらと町で目にする、騎士服にも似た警察のユニフォームを着ていた。


「久しぶりだな。偶然……とはあまり思えないが」

「……うん。ひさしぶり、コーネリア」


 言いよどむフリエに、元ルームメイト―――コーネリアはにっこりと笑う。


「ちょうどこれから休憩なんだ、付き合ってくれないか?」


 ◆


「改めて、私はコーネリアだ。よろしく」

「お初にお目にかかります。私はフリエ先輩のルームメイトのアルフェと申します」

「へぇ。まだキミはあそこにいるのかい、フリエ」

「……まあ、ね」


 近くのカフェに腰を落ち着けて。

 挨拶を交わすアルフェとコーネリアに、フリエはなんとも居心地の悪い様子で水なんてすすっている。


「この度は個人的な事情からフリエ先輩の過去を払拭するためにあなたを探していました」

「ちょっとアルフェさん……?」

「フリエの過去、ね。なるほど」


 ふむ、と顎に手を当てて考えるコーネリア。


 そんな様子に、フリエはなんとも落ち着かない。

 彼女はまるで、フリエのことを何とも思っていないみたいに平静としている。


 それがなんだか―――とてもイヤだった。


「……」


 そっと胸を抑えるフリエ。

 自分の中にある、ひどく自分勝手でどうしようもない気持ちから目をそらせなくて、唇をかんだ。


 けれどコーネリアは言った。


「そういうことなら……そうだね。アルフェさん、一度フリエ抜きで話をさせてもらってもいいかい?」

「えっ」

「かまいませんよ」


 コーネリアについて立ち上がるアルフェ。

 あっさりフリエを取り残して、ふたりは一度カフェを出た。


「さて……私のところに来た、ということは私たちのことはある程度聞いているっていうことでいいかな」

「はい。フリエ先輩は、自分があなたを壊したのだとそう仰っていました」

「なるほど、それはまたフリエらしい」


 くつくつと笑うコーネリア。

 腰に下げた剣の柄をなにげなく押さえて、そっと吐息する。


「相変わらず傲慢で、どうしようもないほどにバカだよ、アイツは」

「そうですね」

「ははっ、その様子を見るとキミも苦労していそうだ」


 それからコーネリアは懐から小瓶を取り出す。

 キャンディの入った小瓶だ。

 アルフェにもすすめてきたが丁重に断った。


 カラコロ。


「たしかに私は、フリエという才能にかなり打ちひしがれたよ。自分は極めて優秀な人間と図に乗っていたのだから」


 衝撃だった、とそう語る。

 フリエという天才は―――あえて言葉にする必要もなく、無条件でそれを示すのだ。


「だが、それ以上に苦痛だったのは……アイツが私のために、不当な評価を得ることだ。私は曲がりなりにもアイツのライバルだった。アイツは天才でなければならないんだ……少なくとも、私なんかのためにそれをゆがめることは認められなかった」


 だから逃げ出した。

 そう告げるコーネリアのまなざしは、強い後悔に暗んでいる。


「アイツは手加減した元『最強の剣』になんか負けない。アイツが成したすべては私がいなくともできた。アイツは―――ただのルームメイトでしかなかった私なんかのために、を歪めるはずじゃなかった」


 彼女が退学し、フリエが風紀委員会から除名されるきっかけとなった襲撃騒動。

 あれはコーネリアにとって、本当に最後の賭けだったのだろう。


「私にさえ出会わなければフリエは今も燦然と輝いていた。むしろ私が彼女を壊したのだ。……少なくとも、私はそういうつもりでいる」

「であれば、フリエ先輩を連れてきたのは間違いではなかったようです」


 しれっと告げるアルフェに、コーネリアは苦笑する。


「キミをフリエが気に入る理由がわかったよ。……ああ確かに、私たちは向き合うべきだ」


 ガリッ、とキャンディをかみ砕く。

 ふらりと歩いていたふたりは、くるりと回ってまたカフェに戻ってきた。


「さて、あまり待たせるのもよくないか。本当は溶けてなくなるくらいまでは時間稼ぎをしたかったんだがね」

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