第50話 最善の方法
フリエ=ファス=ソルダは天才であった。
そしてそれにおごらず研鑽を積み重ね、ふさわしいだけの自信と、純然たる実力を持っていた。
『最善の剣』ソルダ家を継ぐことになるだろうと、誰もが認める俊英であった。
そんな彼女が最速の白という目標を設定するのは、半ば当然のことであった。
さて、そんな彼女にはルームメイトがいた。
その彼女もまた優秀な生徒だった。
地元では並ぶ者のない、優秀な生徒だった。
「これからよろしく」
「こっちこそ。ほら、親交の印さ」
差し出されたのは、青いキャンディだった。
彼女はいつもそれを舐めていた。どうやら甘いものが好きらしい。
それに、彼女はたくさんのことを知っていた。
どこからともなく集めてきたうわさ話や、おいしいご飯どころの話をたくさん教えてくれた。
彼女もまた白を目指していた。
同じように白を目指すふたりはあたりまえのように意気投合して、ふたりで学内ガイダンスを勝った。
「私たちの最強伝説が今日から始まるわけだ」
「あはは! キミはいつも大げさだ。でもどうせならここからはライバルでいたいね」
「ふむ。たしかに一理ある。キミとならば切磋琢磨できそうだ」
ふたりはそして、ライバルになった。
―――ただ、不運なことに。
フリエは天才だった。
そして彼女をこそ天才と呼ぶのなら―――ルームメイトはどこまでも平凡であった。
優秀であるだけ。
ただそれだけの、平凡な生徒であった。
ふたりは同じ講義をとった。
それがもっとも効率よくS評価をとれる、という組み合わせだった。
「まさか『最強の剣』が相手とは……」
「全力は出さないさ。ボクたちなら大丈夫。……まあ最悪捨てだね……うん……」
そしてふたりとも風紀委員会に所属した。
白に至るために必要な実績だった。
共和国において法をつかさどる『最善の剣』にとって、学園の風紀委員会に所属することは価値があった。
ルームメイトはライバルだったから、それに合わせた。
「よかったのかい?」
「私の母は守衛として街を守っていた。理由としては十分だろう? キミがどうしても委員長になりたいっていうなら遠慮しておくけれど」
「まさか」
違いはほどなくして現れた。
ふたりはライバルだったから、お互いの活動や努力は別々だった。
フリエは武装許可も確保許可もない状態で、積極的に治安維持のために巡回を行っていた。正当防衛の権利によって生徒をねじ伏せ、上級生の風紀委員に報告した。
フリエは強かった。
無手でありながらも、相手が上級生であったとしても、一切の法を犯すことなく手を下した。
その白は、毎週毎週新調する必要があった。
ルームメイトもまた、同じように風紀委員の活動にいそしんだ。しかし彼女の活躍は、フリエの目覚ましい活動と比べればあまりにもささやかだった。
「聞いたよフリエ。キミはすごいな! 私も頑張らないと」
「……うん。そうだね」
数週も経てば、優秀な一年生としてフリエの名は学園内に知れ渡った。
けれどフリエは、知っていた。
ルームメイトもまた同じように努力していることを。
自分と同じことをしながら、不当な評価を受けているのだとそう感じた。
だから彼女は善意でもって、彼女と行動を共にし始めた。
ルームメイトの名は、フリエの名と一緒に語られるようになった。
「よかった……みんなキミをちゃんと評価してくれてる」
「……そうかな」
そういったことは学園生活の中で繰り返された。
フリエは、善意でルームメイトの力になろうとした。
ルームメイトは優秀だから―――自分と同じように評価が与えられるべきだと考えた。
フリエは天才だった。
天才すぎた。
だから彼女には、才能の高低が分からない。
そのズレは、徐々に徐々に、積み重なった。
それでもふたりはライバルであり、親友だった。
そのはずだったのだ。
明確なきっかけは、とある日の『実践剣術』だった。
評価に関わる重要な試合で、フリエはルームメイトと向き合っていた。
そしてフリエは。
『最善の剣』は。
「ぐ……っ!」
「……は?」
ルームメイトに―――敗れた。
ルームメイトは極めて危ない立場だった。
A評価を得られるかどうかの瀬戸際だった。
Aを得られなければSに挑めないどころか、その時点で最速青の条件を満たせなくなる。
だからフリエは、善意で、負けた。
その一敗があっても、他が全勝ならばA評価は取れる。
だから負けた。
それくらい彼女にとってはとくに重要なことではなかった。
ルームメイトはA評価を得た。
しかし『最強の剣』にはとても敵わず、Sは取れなかった。
フリエは―――戦い自体を、棄権した。
「キミが敵わないならきっとボクにも厳しいさ」
「……」
けっきょく。
一年の一学期で青色になったのは、フリエだけだった。
なんということはない、そもそも実践剣術でS評価をとる必要など彼女にはなかったのだ。
ルームメイトは、ひとつのSもとれなかった。
「運が悪かったんだ。キミなら絶対二学期には青になれるから、一緒に金色を目指そうよ」
「一緒に……?」
―――ルームメイトがフリエを敵視し始めたのは、それからだった。
フリエにはその理由がわからなかった。
彼女のすべては善意だった。
彼女はただ彼女であるだけだった。
ルームメイトの素行は日に日に悪くなり、やがて風紀委員会を除名された。
「どうしてこんなっ」
「……私なんかにかまうな。キミはひとりで白を目指せばいい」
「どうして……ボクらは一緒に白になるんだろう? キミなら大丈夫だ。頑張ればきっと、きっとキミだって」
「キミはなれるんだろう、白にくらい、簡単に」
フリエは分からなかった。
どうして彼女が諦めてしまったのか。
だから金を目指した。
青色になったフリエは、しかし彼女と一緒の部屋に住み続けた。
そして、金を目指して努力する自分の姿を見せた。
ライバルならきっと、そんな自分にまた奮起してくれるとそう思って。
三学期になるころには、フリエは風紀委員会として役職を得るという話も出た。
同時に彼女は金になる。
それは制度上最速の金だ。
ルームメイトは、二年生で青に上がることが決まった。
そして、その日はきた。
第三学期休み―――フリエが金色になった、その翌日のことだった。
夜。
フリエは、ルームメイトに呼び出されていた。
人気のない公園だった。
「それを……どうするつもりだい?」
彼女はフリエの木剣を手に立っていた。
フリエの問いかけに、ゆらりと笑う。
笑う。
「フリエ。キミは……ボクを今でもライバルと呼んでくれるかい?」
「当たり前だよ。キミはボクのライバルだ。だからこそボクは頑張ってこれたんだ」
それはフリエの本心だった。
彼女と競い合うから、青色になれた。
彼女を励まそうと思うから、金色になれた。
フリエは心からそう思っていた。
「……実践剣術のことを覚えているか。キミは私に勝ちを譲り、それどころかSを捨てたね」
「あれは実力だよ。譲ったりなんて」
「だったらこれも実力ということにしてくれ」
切っ先がフリエへとむけられる。
「キミはとても優秀だ、フリエ。だから消えてほしい。キミが消えれば私は頑張れると思うんだ」
襲い掛かってくる彼女は、散々な暴言を吐いた。
フリエの才能が憎い、見下されるたびに吐き気がする、自分は天才にはなれない―――どれもどれも、フリエの才を、能力に責任を押し付けるような言葉だった。
それでもフリエは反撃などせずに声を投げかけた。
説得しようとした。
全身全霊で挑みかかるルームメイトを、無手で簡単にいなしながら。
けっきょくフリエは、指一本も動かないほどに疲弊したルームメイトを部屋に運んで、そしてその件を終わりにするつもりだった。
―――だが
いくら人気のない公園といっても、視線よけもないような状態で戦っていればどうしたって目立つ。
ルームメイトがフリエに襲い掛かったというその事実が、どこからともなく風紀委員会へと伝えられた。
ふたりは呼び出され、尋問を受けたが―――
「覚えがありません。そのとき彼女はボクと部屋にいました」
フリエは当然に、善意でもって、ルームメイトをかばった。
しかしルームメイトはすべてを洗いざらいぶちまけた。
法規を逸脱したフリエは、風紀委員会を除名された。
学期休みの間にルームメイトは自主退学した。
そしてフリエは、銅色の寮に、ただひとり残された。
ただひとりで、元ルームメイトの言葉を、思い返していた。
◆
「―――全部ボクが悪いんだ。ボクの善意が彼女をつぶした。ボクは……キミを、また善意で応援しようとした。だけど、その結果またキミが、ボクのせいでどうにかなってしまったら? 取り返しがつかなくなるくらいなら、いっそ完膚なきまでに諦めさせてしまったほうが……」
「貴女はひどく傲慢ですのね、フリエ先輩」
ぽつぽつと語っていたフリエは、ひどく冷ややかな声音に顔を上げる。
アルフェは、彼女を静かに見つめていた。
「貴女の言葉はすべて自分を中心にしている。すべて自分の責任であるかのように―――くだらない。あなたごときがどうして私を変えられますか」
「……手厳しいね」
「木剣を振るえないのもそれが理由ですか。『最善の剣』は貴女の意志そのものだから」
「そう……なのかな。ボクは善意を振りかざして彼女を……」
ずぅん、と落ち込むフリエ。
アルフェは少し考え、
「ではつまり、そのくだらない重りを取り払えば私のために剣を振るえるのですね」
「うん……うん? いやキミのためって……?」
でしたら話は簡単です。
アルフェはフリエの手を取って、決然たる眼差しで告げた。
「会いに行きましょう。そのルームメイト様とやらに」
「え」
「過去を清算する最善の方法は、向き合うことであると本に書いてありました」
「え、え、あの………………」
―――え?
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