第45話 月晶の洞窟
光の差さない純黒の洞窟。
コツッ、と金属質な足音によって波紋する光の波が脈のように這い回って、ごつごつとした岩肌をわずかに照らす。
じめっとした空気はひやりと肌に張り付いて、粟立つ肌がどこからともなく聞こえてくる生き物の音をいつもよりも鋭敏に捉えてしまう。
一歩先さえ不確かなこの暗闇の中で、おぞましい怪物に取り囲まれているような―――
闇という根源的な恐怖に閉ざされた、そこは地底の底である。
学園迷宮第二層―――『月晶の花園』
花園と呼ぶには少々陰気臭いその場所に、アルフェたちは降り立った。魔術によって作り出したあたたかな光を伴にする彼女に、闇は静かに道を開けていく。
「いい場所ですね」
《おうよ》
静けさと闇に乗じてもっふもふとまとわりついてくるベルを、アルフェはもちろんかわいがる。
光を厭う闇の中でただひとりアルフェに傅くことを許された黒色、そんな事実が楽しいらしい。
そんな風にのんびりと歩いていたふたり。
もちろんここは迷宮、階層境界以前とはいえそうのほほんとしていられるでもなく―――
ビュッ!
突然壁から飛んできた針をキャッチして投げ返す。まっすぐに飛翔したそれは岩壁に空いた穴へと吸い込まれ、そこにこもっていた魔物へと突き立った。
「ぎゃううう!」
すぐに穴の奥に引っ込もうとする気配を、突き出した針をひっつかんで引っ張り出す。
そこにいたのは六つ足のトカゲ。
額に空いた穴がにゅむにゅむと収縮して、その奥に針先のようなものがのぞいている。
その喉を貫く針をごりっと頭にぶち込んで殺し、引っこ抜く。
闇の中から針を飛ばして攻撃するリザルパイク。
討伐証明部位が針なので討伐しなくても手に入りはするが、岩肌に当たったりするとすぐに折れてしまう。
折れた針は討伐証明部位として扱われないので注意である。
「……これは帰りにしましょうか」
《そこらへんにうろちょろしてるもんな》
なにせこれからたくさん討伐証明部位を詰め込むので、これはいったん後回しにする。
リザルパイクは第二層でもポピュラーな魔物だ。
その事実は進めば進むほど脅威になったりもするが、少なくとも討伐にはことかかない。
◆
月晶の花園の魔物は隠密能力に長けるものが多い。
その中でも代表的な魔物がリザルパイクと、そしてもう一体―――
《おらよ》
ザギャンッ!
振り下ろした腕が月晶ごとカメのような魔物をねじ伏せた。断末魔の悲鳴さえない即死である。
土の中に隠れ、月晶を背負うアーマトータス。
硬いもので殻を覆えばもっと硬い、というシンプルな理由で鉱石を着飾って土に潜み、通りがかった生き物に反射的にかみつくという性質がある。
が、ベルからすればただの的だ。
《げはは、群れやがってザコどもがよ!》
どうやらちょうど群生地だったらしい、次々に叩き潰すベルをしり目に、アルフェは突き当りの水たまりへとしゃがみ込む。
学園迷宮は位置的に火山湖の真下にある。
第一層よりも水からは遠いが、この洞窟でも至るところに湧水が染み出していた。
おそらくアーマートータスはこの水場のために集まっていたのだろう。
そっと手ですくってみると、頭上の明かりが水面に波紋する。冷たい水だ。口をつけてみると、なんともいえない鉱石感がある。
す、と息を吸ったアルフェは鼻歌を奏でる。
《ほぉ》
音色が空気を揺らし、その揺れは月晶に伝播する。
高い音は不思議と月晶をよく反応させて、ほんの小さく波紋する光が躍るようだった。
しばらくすると、まるで壁から染み出してくるみたいに青モルフォルたちが現れた。
アルフェたちの気配に逃げてしまった蝶たちが、歌声に惹かれてまた集う。
このためにわざわざアーマートータスの群生する水場にやってきたのだ。
ベルも鼻歌に誘われてやってきて、もふっとアルフェを自分の上に座らせた。
どうやら一曲分くらいはのんびりしていく必要がありそうだ。
アルフェはそっと微笑み、彼女の毛並みを柔らかくなでる。頭上の光を消し去って、月晶と青モルフォルの照らすうすぼんやりとした闇の中で、心地よい音色が響いた。
まるでそれは、光の花園にたたずむかのようだった。
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