第46話 穴
「ぎゃぎゃぎゃー!」
「ふっ」
深い紫色のトカゲ人間が振り下ろす長い爪を上段の回し蹴りが跳ねのける。
呪文の巻き付いた蹴りにトカゲはたたらを踏み、がら空きになった顔面に二段目の蹴りを叩き込めば凄絶な音とともに首がへし折れぶっ飛んだ。
「ぎゃああ!」
死体をすり抜けて迫る二体目へと向ける指先。
着地と同時に手中の魔術を完成させ、連鎖する雷撃で後続の三体を感電させる。
「はぁッ!」
即座に疾走、すれ違いざまにむんずと掴んだトカゲの首をそのまま別の一体に叩きつけてもろともにショートソードで喉を穿つ。
それらを呪文の巻き付いた脚力によって蹴り飛ばし、最後の一体を顎から脳天にめがけて貫き殺した。
《つまんねぇな》
「ヒトガタとはいえしょせんこの程度ですか」
速やかに抜き去った剣をひと払い。
トカゲ人間リザルドの討伐証明部位である尻尾を切り飛ばすと反射的にびちびちと暴れた。
《……じゅるり》
「かまいませんよ」
《っしゃあ!》
あまりの活きのよさに食欲を刺激されたらしいベルに残りの死体を許すと、彼女はむしゃこらとリザルドを食い散らかしていく。
淡白な味わいの肉はもぎゅもぎゅと弾力がある。しっぽステーキは魔物料理のレストランでも人気メニューらしい(フリエ情報)。
さておき。
《お。また穴だぜ》
ふたたび歩き出したふたりはちょっとした広場にたどり着く。中央にぽかりと口を開けた穴の向こうには真っ暗闇がたまっていた。
《げはは、うじゃうじゃいるぜ》
「それは上等ですね」
アルフェは軽やかに飛び降りる。
先行させた光が照らす闇の向こうに、ぎらぎらと反射する無数の目。
アルフェはそして空中へと降り立った。
ぎ、ぎ、と揺れるクモの糸は、複雑怪奇に張り巡らされて巨大な巣となっている。
岩壁に月晶に張り付いた紫色の巨大グモ、ケイブスパイダー。月晶の花園では縦穴に巣を張って生息していた。
彼らに声はない。
警戒するようにぎちぎちと長い牙を交差させ、その黒々と光る複眼によってアルフェを取り囲んでいる。
《ビビってんのかあ゛ぁ?》
ぎらりと牙をむきだしたベルの威圧にクモたちはわしゃわしゃと足をうごめかす。襲い掛かってくる意欲はどうやらないらしい。
アルフェは軽く弾み、糸の反発で跳ね飛んだ。
「ふっ」
一直線に叩き込む蹴りが岩肌に着地する。
跳躍で回避したケイブスパイダーは頭上の巣にとげとげしい足を引っかけてぶら下がり、でっぷりと膨らんだ下腹部からアルフェめがけて糸を吐く。
それに合わせてほかのケイブスパイダーたちも糸を吐き、殺到する粘着糸の塊をアルフェは大きく飛び越えた。
「すぅ……」
くるりと軽やかに回転、糸を足場に着地して、両足に二重の呪文を巻き付ける。
「はぁッ!」
そして―――飛翔。
クモの巣を弦に矢のごとく放たれたアルフェはケイブスパイダー一体の頭に着地、めり込んだ足をそのまま蹴とばす跳躍の勢いで爆散させ、次のクモの腹部をぶっ飛ばす。
その瞬間放たれた火炎がクモを包み、巣へと引火してほとばしる。
すぐさま飛び跳ねて火から逃れようとするケイブスパイダーたちへとすかさず飛び込んだアルフェは、魔術で作り上げた炎の鞭を振り回して彼らを火炎に捕らえていく。
牙を震わせて悲鳴じみた絶叫を奏でるクモたちが炎にまかれて落ちていく。
ケイブスパイダーの体表にはふさふさの毛が生えていてよく引火するのだ。
アルフェは月晶に降り立って、落ちていく炎の塊を見下ろした。それらは穴の底に叩きつけられては絶叫とともに暴れまわっている。
クモは燃えるが、一方で火ではそう簡単に死なない。
毛が燃え尽きればそれでおしまいだ。
だからアルフェは再度飛び降りる。
四肢に呪文を巻き付けて、燃えるクモへと着地した。
まき散らされる体液が燃え上がり、死体の体内へと炎を進める。この調子ならば死体は燃え尽きてしまうだろう。あるいは軽く傷をつけるだけでも、体内から焼き尽くせるかもしれない。
とはいえそんな冗長なことを目指すより、確実に殺すほうがずっと楽だ。
アルフェは次なるクモへと飛び込んでその頭を吹き飛ばしていく。
処理し終えたクモの死骸はごうごうと燃え盛っていて、暗闇の洞窟をこうこうと照らしている。
のんびりと燃え尽きるのを待つこともない。
アルフェは死体に近づいて、その牙を引っこ抜いた。
ミミックと同じくその討伐証明部位は牙だ。
「さて……降りてきてしまいましたね」
月晶の花園は三階層に分かれている。
ここは特別で、一階と二階の間に階層境界がある。
つまり縦穴を超えたふたりは、今階層境界の向こうにいる。
ところで討伐手帳にはケイブスパイダーに火を使うなとある。
殺すに至らず、また足場としても利用できる巣が空中で焼失すれば転落の恐れだってあるのだ。
そしてなにより、彼らは月晶の花園のような場所に生息している。炎というのは、その光も熱も、この暗く冷え切った洞窟の中ではあまりにも目立つものだ。
《げはは! 入れ食いだぜ!》
高らかに笑うベル。
熱に集まった魔物たちの気配に取り囲まれるのを、アルフェもまた感じていた。
呪文を再展開し、ベルの存在を現実させる。
「遊びましょうか」
《おうよ!》
その威圧感に負けず迫り来る者たちへと、そしてふたりは駆け出した。
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