第44話 夜顔と昼顔

「―――はぁあッ!」

「あのさ」


 気勢とともに振るう棒がフリエの頬に風を触れる。

 即座に振り払う一閃は目前を通過するだけ、反転する一撃は一歩前進したフリエが二の腕に触れるだけであっさりと潰えた。


 あまりにも近すぎる相手に剣は振るえない。そっと二の腕に触れる程度のけん制で、アルフェは身体を硬直させる。


「ボクはキミに付き合うつもりはないと昨晩言ったはずだ。……言ったよね? なんかあまりにナチュラルだったからもしかして夢なんじゃないかと思ってるんだけど」

「ええッ! お伺いしておりますッ!」

《とんだ悪夢だなぁッ!》


 振り上げる蹴りをフリエはアルフェの背後に回って回避する。背中合わせになった彼女を追って棒を振るうが、振り向きに合わせるようにしてフリエは回る。


 アルフェの呼吸を完全に読んだ動きの同調。


 数度の回転を繰り返し、逆回転へと変じてなお合わせられる。


 はたから見ればふたりは背中合わせにくるくる回っているだけだが、当人からすれば正気の沙汰ではない。


「ふっ」


 それならばと叩き込む肘鉄に合わせてフリエは距離をとって―――


「―――ならどういうつもりだい」

《……は。うっそだろオイ》


 即座に顔面を狙って突き出される棒が、フリエの人差し指にあっさりと受け止められる。


 力を感じたわけではない。

 止まっていたというよりはむしろ

 だがそれはアルフェの意図したところではない。

 より正確に表現するならば、止められていた。

 彼女のたった一本の人差し指で。


「……どうもこうもございません。襲えば対応せざるを得ない。そして先輩が反撃なさらないのであれば、私はいかようにも攻撃を磨けるというものです」

「バチバチの違法行為だけど大丈夫かいそれ」

「月に住民はおりますまい」


 前進。

 棒を持つ手をスライドさせて先端へと。そのまま振り下ろす一撃をフリエはかわす。

 そして繰り返しの攻撃を、彼女はどこまでも冷静にかいくぐっていく。


「お願いだから止めてくれ」

「ではお逃げすれば?」

《次は逃がさねぇけどなッ!》

「……キミは寮で耳を貸すつもりがないんだろう」

「無実の生徒に襲い掛かるような蛮行、風紀委員が行うはずもありませんゆえ」

「最低だ、キミは」


 吐き捨てるフリエの軽蔑の視線。

 だがアルフェは笑う。


「ではどうぞ、通報なりなんなりと」

「……」


 挑発しながら、それはしないだろうとそう考えていた。

 フリエにはなにかがある。

 腕輪の色にまつわるなにかが。


 そしてそれが彼女の口を閉ざす。


 白を求めて邁進するアルフェを、彼女はきっと切り捨てられない。


「では参りましょうッ」


 確信とともに、再度アルフェは斬りかかった。 


 事実。


 翌日以降も、フリエは襲撃の最中になんとか口で説得しようとするばかりで直接的な動きは見せなかった。

 やはり彼女は動かない。

 どれだけ果敢に襲い掛かっても、反撃を繰り出さないのと同じように。


 おかげでアルフェは好き放題である。

 ベルもうきうき。


 ―――それはそれとして。


 夜襲のアルフェは、昼間はとてもまじめに学生をやっている。学園迷宮第一層をコンプリートしてもなお、休講日は迷宮探索だ。


 第二週第二休講日。

 第二回フリエ襲いデーの昼間である。


 アルフェは石の森を突っ切って、目的の場所へとやってきた。


 大穴。

 

 透明な月晶の咲き誇る穴。


 見下ろしてもそれはただの穴に見える。しかし透明な月晶は見えないだけで、そこには足場がいくつも突き出しているのだ。

 さすがにそれを恐れるような者に迷宮第二層は許されない。


《げはは! さっさと行こうぜ!》

「ええ。花園には硬い魔物が多いようですから」

《そいつぁ楽しみだなオイ!》


 もちろんふたりは臆すことなく降りていく。

 月晶は暗闇の中ではほぼ目視できないから、カツッ、と革靴が叩くたびに光が波紋する姿は光を歩むかのようだ。


 ベルが望むので実体化させてやると、彼女は壁から生える小さな月晶を爪であっさりと引き裂いた。


《おぉおおお! 硬ってぇぞこれヤベェ!》

「月晶を背負う虫のような魔物もいるとか」

《ひゅうーッ!》


 月晶をばりぼり食べながら楽しそうなベル。

 アルフェの全力全開で殴り飛ばしてようやくヒビが入るだけの代物も、彼女にとっては歯ごたえのあるおやつくらいにしかならないらしい。


 口の中を光で満たしながら咀嚼する彼女をなでながら、アルフェはそして地底へと―――

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