第33話 息抜きには甘いもの
一斉加入日は午前中で終わりになる。
それからもクラブ活動の勧誘自体は続けられるが、学園主催としてではなくあくまでも自由参加になるのだ。
もちろんもう用はないので部屋に戻ったアルフェを、にこやかな笑みが迎えた。
彼女はクラブにも委員会にも所属していないらしい。
「おかえり。その様子だと目標達成かな?」
「ええ。当然のことです」
《まったくだぜ》
「あはは、さっすがー」
ぱちぱちと少々大袈裟に手を叩くフリエにアルフェはふっと小さく笑って、「ささ、どうぞどうぞ」などと冗談めかして誘われるままにテーブルにつく。
「お祝いには、ちょっと気が早いかもだけどね」
ウィンクしながらテーブルに並ぶドリンクとお菓子。
どうやらわざわざ用意してくれたらしい。
アルフェは礼を言って、さっそくチョコチップのクッキーをベルに食べさせてやった。
《んめーな!》
じゃぶじゃぶと、アルフェの指先についたクッキーの名残をさえ舐め取るベル。そんな姿を見えている訳でもないのに、フリエは「気に入ってもらったみたいでよかったよ」なんて笑う。
ところで、フリエはひと目でアルフェが風紀委員会に認められたことを見抜いたが、特に証はない。
しあさって、二週目第一講義日の午前中にある着任式を迎えれば正式に風紀委員会として認められ、そのときに腕章と手袋を与えられるのだ。
それから毎学期末の学園法規についての筆記テストをパスすることで武装並びに捕縛の免許を持った一人前の風紀委員として認められる。
ちなみにこの筆記テストに不合格だと当たり前のように免許が失効されるので、実は武装している風紀委員というのはそれだけでかなりの『実績』だったりする。
もちろんアルフェは一学期で武装許可を得るつもりでいるので、今回の目標達成はほんの始まりに過ぎない。
とはいえ。
「アルフェさんたちは甘いの好きだよね。ボクもなんだ」
「そうでしたか。オススメの甘味処などあれば教えていただきたいですね」
「モチロン! あ、 今日はこの後予定なかったよね。さっそくどう?」
「ええ。ぜひ」
《ワタシぁケーキが食いたいぞ!》
「じゃあ決まりだね」
るんっ、と声を弾ませるフリエ。アルフェはにこりと頷いて、ベルも上機嫌にしっぽをぶんぶん。
―――とはいえゆとりはあるに越したことはない。
少し焦っているらしいことを自覚させられた以上、一度落ち着くのもいいだろう。
ベルの不満も、どうにか満たしておきたかった。
それに明日はまた迷宮に潜るつもりだから、英気を養うとでも言い訳すればそれっぽい。
そんなわけで、軽めの昼食やら勉強やらのあと、おやつどきに街に繰り出した。
白一色の街だ。
制服の学生たちと、守衛に紛れてちらほらと巡回している風紀委員、そしてなにより目を引くのは子供くらいの背丈の白いゴーレムである。
特定の物質で構成されたボディを魔術によって操る、付与系魔術師御用達の彼らは、この街を維持する上でとても重要な人員である。
なにせ大体の店なんかも彼らによって運営されている。それ以外は生徒だったり、卒業生がそのまま就職したパターンもある。中には外部から雇い入れた人間もいたりするが、学園の閉鎖性は学外の人間を厭うのだ。
「キミとこうして歩くのは、なんだかんだ初めてだね。おやつの後についでだし色々と案内でもしようか?」
「それは……またの機会にいたしましょう。ゆっくりと味わいたいですし」
《そぉだなあー》
「あはは、それもそっか」
楽しそうに笑ったフリエは「あ、ごめんこっちだった」なんて言ってアルフェの手を引く。
「いやあ、案内なんて言っといてしばらく外出てないからさ。ごめんごめん」
《……気安く触んじゃねぇ》
「おっと、ごめんね」
ベルが不満げにするのを、アルフェが気にして、それに気がついたフリエが手を離す。
アルフェは気にした様子もなく首を振った。
「いえ。先輩もお忙しくされているのですね」
「そうでもないけど、まあ……理由がないんだよ」
目を伏せて笑うフリエ。
どこか寂しげな笑みにアルフェはなにかを言おうか迷って、しかしけっきょく話を変えた。
「それで、どちらに連れて行って頂けるのでしょうか」
「ぁ、うん。今日はねぇ、やっぱり王道かな」
何事もなかったかのようににっこりと笑ったフリエは立ち止まる。
「さ、ついたよ」
案内されたのはケーキ屋さんだった。
見通しのいい店内には学生たちがごった返していて、店員たちがずいぶん忙しそうにぱたぱたと走り回っている。
「けど思いのほかいるなぁ。ごめん、どうしよっか」
「むろん、王道は外せませんから」
迷いなく入店するアルフェにフリエはからからと笑い声をあげてついていく。
どうやら様子に反して待っているグループはそう多いでもないらしい。テーブルが大きく、少人数での理由が少ないようだ。
ふたりはソファに座って順番を待った。
「ここはケーキバイキングのお店でね。青色食事券があるなら240分コースも選べるはずだよ」
「もしかしたらドラちゃん学園長がおっしゃっていたところでしょうか」
「たぶんそうじゃないかな。新作が出たときとかは絶対に来るらしいよ」
入学式でも学内ガイダンスでも触れていたケーキバイキング。なるほど学園長の勧めているだけあっての人気ぶりだ。
Lの字に広い店内には、同じ形の長いテーブルがあって、そこに色とりどりのケーキたちが三段に居並んでいる。壁際にはドリンクコーナーもあって、どうやらちょっとしたスープなんかも取り扱っているようだ。
なんとも至れり尽くせりである。
「ボクも久々だなぁ。テーブル大きくてひとりだとね。付き合ってくれてうれしいよ」
「いえ。こちらこそ。ぜひ一度来てみたかったので」
《なぁオイ早く食いてぇぞ!》
「……もしかしてけっこうイライラしちゃってる?」
「待ち遠しいだけですね」
《げはは! こんなウマそうな匂いしてんのにムカつけるわけねぇだろ! げははは!》
「ああうん。なんとなく分かった」
苦笑するフリエは、相変わらずいったい何をどう見たら見えない相手の感情など分かるのだろうか。
さりげなくベルをなでながら首をかしげるが今に始まったことでもない。興味深げに店内を観察するアルフェに、フリエはすこしバツが悪そうな表情になった。
「ごめんね。もっと早く来ておくべきだった」
「いえ。こういった待ち時間もまた一興でしょう」
《待った後のデザートはうめぇからな》
「そう言ってもらえると嬉しいね。ありがとう」
笑みに戻ったフリエをアルフェは見つめる。
それからふっとわずかに口元をほころばせた。
「先輩と一緒であればそう退屈な時間でもありませんから」
「そっ、うかい?」
「ええ」
わずかに声を裏返して頬を染めるフリエにアルフェはまっすぐうなずいた。
「ちょうどお話したいこともあったのです。以前風紀委員長のことをおっしゃっていましたが、よろしければ改めて詳しくお伺いしたく」
「あ、ああ。うん。そういうことか」
「?」
「いやいいんだ。……ついうっかりときめいちゃっただけで」
「???」
苦笑するフリエ。
ぱたぱたと頬を仰いで熱を冷ましつつ。
「でも風紀委員長か……あの方は特殊だから―――」
「おっ。やっぱフリエじゃんか」
「!」
馴れ馴れしい声に振り向くと、そこには風紀委員がいた。アルフェは見知らぬ男子生徒だったが、フリエは目を見開いている。
彼はにまにまとからかうような笑みを浮かべながらやってきて、周囲から集まる視線に「ちょっときゅーけーだから気にしないでいいぜー」などと手を振る。
「んで、なになにデート? いやあ隅に置けないねぇ」
「……そういうんじゃないですよ、先輩」
「んっだよそんなツレないこと言うなって」
硬い表情で返すフリエの肩をぽんぽんと叩く風紀委員に、彼女はぎこちなく笑みを浮かべる。
《なぁなぁもーそろそろか?》
興味なさげにケーキバイキングを楽しみにするベルの鼻先をくすぐってやって、アルフェは立ち上がった。
「お初にお目にかかります。私はフリエ先輩と同じ部屋のアルフェと申します」
しゃなりと礼をするアルフェに風紀委員は「ほぉー」とひととき見惚れて、けれどすぐに眉をひそめる。
「んん? 待てよ、アルフェちゃんってなんか聞いた覚えあんだけど」
「風紀委員会への入会申請をいたしましたので。もしかするとその関係かもしれませんね」
「あーそれそれ! フクいんちょがいつになくゴキゲンで、……」
つっかえが取れた、と目を輝かせていた風紀委員は、しかし次第に勢いを失い頬を引きつらせる。
「え゛、ってことはルールとか詳しい系?」
「まだ網羅していると胸を張っては言えませんが、風紀委員会についてはおおむね」
ところで風紀委員は風紀を維持する者である。
だから例えば、巡回業務の最中に知り合いがいたからとのんきにおしゃべりなどしようものならもちろん罰則があったりする。
もっとも風紀委員といってもしょせんは学生組織だ、一部の者を除けばその程度のささいなことは目こぼしするし、そもそも普通の学生はそれくらい当たり前と思っているのでめったなことではしょっぴかれない。
が、どうやら彼の様子を見るにエデンスはそうではないのだろう。
もちろん、それくらいは予想していたから名乗ったのだが。
「エデンス先輩からは個人的にも見習いたいところは数え切れません。入会した暁にはぜひともまたご挨拶させていただきたいと思っていますが……それよりよろしければご一緒いたしませんか? 実際の風紀委員の方とお話しする機会はまたとありませんので」
「おっともう休憩は終わりだな! いやあ風紀委員は忙しくてかなわねぇぜ!」
もはや見惚れるどころか引き込まれそうなほどに完成された笑みを浮かべるアルフェに、風紀委員はすたこらさっさと逃げて行った。
どうやらやはり休憩中などではなかったらしい。
アルフェは集まる視線を華麗な礼とちょっとのベルの威圧で散らすとソファに腰かけた。
「……あはは。ごめんね」
「風紀委員になるものとして先輩の怠慢は少々目に余りますので」
「そっか」
ありがとう、と、フリエはまた言う。
アルフェは受け取らなかった。
フリエは軽く首を振り払っただけで気を取り直して、天井を見上げながらふぅと吐息した。
「あの先輩、そこそこ有名でね。悪気はないんだけど空気も読めないしデリカシーもないんだ。ほんとにゼッタイ悪気だけはないから嫌なときはちゃんと言ったら大丈夫……たぶん」
「そうですか」
《馴れ馴れしくしやがったら噛みちぎってやるけどな》
ぶんぶんと尻尾を振ってやる気満々なベルを落ち着けるアルフェ。
「キミは……そうか、風紀委員になったんだものね」
今更そんなことを改まって言うフリエに首をかしげるが、ちょうどそのときアルフェたちが呼ばれる。
思いのほか早かったようだ。
フリエは立ち上がって、すっかり晴れ晴れとした笑みを向けた。
「さあ行こうか。まずはドリンクから選ぶのがオススメでね―――」
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