第28話 探索
「―――ハッ! なんだ、迷宮といっても大したことないな!」
探索を初めて間もないのに、すでに銀髪が調子に乗っていた。
なにせここまで魔物の影も形もない。
気配は遠くにあるのだが、どうやらベルの存在は魔物にとっても忌避したいものらしい。
「あ、あまり油断をしないほうがいいと思いますよ」
「ああそうだなロイネ。だが安心しろ、なにかあってもこのオレが守ってやる」
「ヘイロン様……」
《……なんだこいつら》
「アイツらうるさいな」
寸劇を繰り広げる銀髪とロイネに、気味の悪いものでも見るような視線を向けるベルと、迷惑そうに眉をひそめるロコロコ。
どうやら声は届いていないらしくふたりの世界に入り込むロイネたちをスルーして、アルフェは石の樹の根元に生えるキノコにしゃがみこんだ。
ベルとロコロコがクンクンと鼻を鳴らす。
《んー。食えねぇな》
「アルー、これはムリだな」
「いえ。見たことのない種類だと思いまして」
「迷宮だけに生えるものだからだろう」
上から降ってくる声に振り向くと、勝ち誇った様子のマクスウェルがいる。
「ボクはここに来るにあたって図書館で迷宮植物について調べつくした。てっきりキミもそれくらいの最低限はやってくるものだと思っていたのだが、どうやら拍子抜けだったらしい」
眼鏡クイッ。
《なんだぁテメェ》
「ロコはコイツ苦手だな」
「ふんっ。キミたちと馴れ合うつもりはないね。……ロイネさん、ヘイロン様、そろそろ進みましょう」
さっさと背を向けてロイネたちに声をかけに行くマクスウェルに、ベルとロコロコはベーと舌を出した。
どうやら本当に彼は自慢しに来ただけらしい。
謎である。
「進むと言っても境界の外にさえ行けないのは退屈だ。せっかくならなにか適当な魔物と戦いたいぞ」
「先生も、その、平和な方がいいとおっしゃっていますから……」
「ふっ、安心しろ、このあたりの魔物は大したことないらしいじゃないか。ロイネにはオレのカッコいいところを見せてやる」
無駄に長剣を抜き放って見せる銀髪。
まん丸に目を見開いたロイネはふっと表情をほころばせた。
《む》
とそこで、なにかを感じ取ったベルが尾を立たせる。
なにもない場所に向けて牙を剥いて、ざわざわと警戒を向けていた。
《なんかあるぞ。わくわくしてきた……!》
ベルがわくわくする。
それはつまり―――荒事の気配だ。
アルフェは立ち上がり、何気なく移動する。
ベルが示したその場所に、何か特別なものがあるようには感じないが……
「……むー。アルー、なんかヤな感じだな」
「ロコさんも感じますか」
《げはは、やるじゃねぇか》
どうやらロコも人並外れて感覚が鋭いらしい。
鼻をムズムズさせながら、ハンマーを握って鋭い視線を向けていた。
「どうか……したんですか?」
ロイネの問いかけにアルフェはちらりと視線を向ける。しかし答えるよりも前に、彼女の表情は驚愕に染まった。
振り向けば、渦巻く霧。
「おさがりを」
《げはは》
ベルが笑う。
周囲を清明にするほど集まった霧はぎゅっと凝縮し、そして次の瞬間―――
「アルフェさんッ!」
「ロイネ!?」
「っ」
後ろから飛び込んでくるロイネ。
正面から放たれる霧の拳。
とっさに停止しかける思考を回転させ、呪文をまといながら見向きもせずにロイネの腕をつかむとターンで抱き寄せて、回転の勢いを乗せた拳を叩き込むッ!
ドゥッ!
「きゃあ!?」
爆風が霧を消し飛ばし、ロイネが驚いて抱き着いた。
爆ぜた霧は次の瞬間には空中で礫となり、アルフェたちめがけて降り注ぐ。
しかしアルフェは動じることなく手のひらを向けた。
展開される円盤状の術域。
渦巻く呪文に背後でマクスウェルが息をのむ。
創造するは冷気の風。
すべてを凍てつかせる絶熱の嵐。
アルフェの魔術は一年生としては破格だ。
それでも展開に要するわずかな時間を貫いて数発の霧が飛び越んだ。
「っ」
「いたっ」
ロイネをかばう身体を打ち据える霧の弾丸。それでもかばい切れない一発がロイネの肩をかすめた。
集まった霧はまるで石のように固く、ジワリと熱のように痛みが貫く。
怯えるロイネをさらに自分の後ろに隠しながら、ほんの一瞬乱れた集中力を強引に継続し―――
そして術域は現実する!
ゴウッ!
旋風する冷気が霧を飲み込み氷結させる。
吸い込まれた氷は手中に集い、一塊の氷塊がごとりと落ちた。
「―――終わりました」
「すっっっごいなー!」
《……》
あっさりと告げるアルフェ。
歓声を上げてはしゃぐロコロコとひどく苛立った様子で毛を逆立てるベルに対応していると、悲鳴じみた声がとどろく。
「ロイネッ!」
振り向けば、駆け寄ってきた銀髪が荒々しくロイネを奪い取る。身をすくめる彼女を抱きしめた銀髪は、憎らし気にアルフェを睨みつけた。
「キサマ……ロイネになにをする!」
「……」
なにをと言われても見ての通り、警戒を無視して飛び込んできたロイネを保護して敵を倒しただけだ。
少なくとも敵対視される理由があるはずもなく、さすがに困惑する彼女に銀髪は言った。
「オマエを守るために飛び出したロイネを盾にするなどなんとおぞましいことを……!」
《―――あ?》
キレるベル。
全開になった威圧感に銀髪はびくついて腰を抜かした。隣ではロイネも青ざめて、後ろでマクスウェルが眼鏡を抑えている。
一方で、撒き散らされる威圧感の中でただひとり平然とするロコロコはアルフェの腕を引く。
「アルー、もしかしてアレってアルーのことキライか?」
「そのようです」
「そかー。アルーはキライか?」
「いえ。あまり興味がありません」
「ふーん。ならロコが代わりにキライだな」
にっこりと笑ったロコロコは、そうかと思えばすとんと表情をなくして銀髪を見下ろす。
「ロコはアンタのことキライだ。アルーに近寄ったらぶん殴ってやるからな」
「なに……ッ!」
むっと口をとがらせて言い放つロコロコに銀髪は歯を噛み締める。
―――とそこへ。
「おーうダイジョブかよオマエら……って、おおー。ミストじゃねーか。見事なモンだぜ」
やってきたミニスカ教員サリーが、氷の塊に感心したような声を上げる。
どうやら危険を察知してやってきたらしいが、それにしては何とも気楽である。
それからサリーは氷塊の一番近くにいるアルフェを見て、次に無様な銀髪をチラ見して首をかしげたが、気にしないことにした。
「とりあえずいったん戻るぞー。ケガ人もいるみてぇだしな。初回探索でンなもんと遭遇するなんてまったくウンがいいヤツらだなしかし」
けらけらと笑いながら先導するサリーにアルフェが続き、もちろんロコロコが追いかける。
呆然としていた銀髪は羞恥に顔を染めながら怒りに顔をゆがめ、頬をぴくぴくさせながら荒々しく立ち上がる。
ずんずんと歩く彼に慌ててロイネがついて行って、氷の塊に後ろ髪を引かれる様子のマクスウェルもそれに続いた。
《やっぱふたりきりの方が気楽だぜ》
やれやれとため息を吐くベルに、アルフェは内心で頷きながら同時に反省もしていた。
あの程度のアクシデントにも対応できないようではこれから先が思いやられる。
迷宮探索には、もっと気合を入れて臨まなければならないようだ。
もっと強くならなければ。
拳を握るアルフェに、ベルはわずかに眉をひそめた。
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