第29話 マッサージ
「あれ、アルフェさんどこか痛めた?」
顔を合わせるなりあっさりと看破して見せたフリエに、半ば強引にベッドに寝かされる形でアルフェはマッサージを受けていた。
「あまり痛めたところを刺激するのはよくないんだけど、痛みをこらえたりするとどうしてもムリが出るから」
「ありがとうございます」
ぐぃぐぃと肩を圧したり、背中をほぐしたり。
フリエの手つきは丁寧で、アルフェは自分の身体が凝っていたことに初めて気が付くような気分になる。
石の森での探索は、けっきょくあのアクシデント以降はそう大したことも起こらずに終わった。
あの霧の魔物は石の森でも最も厄介な一種なのだ、どれだけ意気込んでみたところで境界内でそうそうそれを超える脅威には遭遇しない。
「ミストの攻撃を受けたんだね……キミはどちらかというと身のこなしに自信がありそうな身体をしているけれど、もしかしてなにかあったの?」
《グルゥ……》
フリエの問いかけに苛立たし気に牙をむくベル。
アルフェがなだめると、フリエはそんな様子を見て苦笑する。
どうやら彼女は、アルフェがベルをなでるその手つきからベルの感情をある程度読み取れるようになっているらしい。
もはやそこまでくると『またか』としか思えなかった。
さておき。
「……いえ。ひとえに力不足でした。S評価を得るためには、もっと強くならねばなりません」
決意に視線を細めるアルフェ。
実のところこの程度のケガは魔術で治癒もできるが、そうしないのは戒めのためでもある。
ベルはぺろぺろと彼女の頬をなめた。
迷宮学のS評価は『迷宮学』と『迷宮学実践』のふたつを合わせてひとつだ。
その条件は、学園迷宮を踏破すること。
第一層『石の森』
第二層『月晶の花園』
第三層『封炎の神殿』
そのすべてを乗り越えた先、封炎の神殿の最奥にある魔物を討伐することでS評価を得られる。
チームは受講者限定でのみ許されているが、アルフェはベルとふたりでの攻略を目指すつもりだった。
そのためにも、第一層でつまづくわけにはいかない。
「キミは十分強いと思うよ。……なんて、ボクが言っても納得はできないかな」
「フリエ先輩の目は確かだと思いますが、お優しすぎますから」
「そういうつもりは、ないけれど」
苦笑しながら、アルフェの腕に指を添わす。
骨の内側がしびれるような不思議な心地よさにピクリと腕が震えて、それを感じ取った指が筋肉をそっとほぐしていく。
「キミはまだ一年生だからね。良くも悪くも、まだまだ発展途上だとは思う。たぶん身長ももう少し伸びるんじゃないかな」
《んなこともわかるのかよ……?》
そんなことも分かるのだろう、彼女には。
だとすれば彼女から見たアルフェは実際のところ、どこまでたどり着けそうなのか。
聞いてみたかったが、やめておいた。
どんな返答があったとしても関係のないことだ。
「……強さというのなら、以前風紀委員長が戦っている姿を見たことがあるんだけど、あれはもうなんというか、鬼気迫るものを感じたよ」
「風紀委員長、ですか」
「ああ。彼はなんというか……異様だ。まず間違いなく強さだけで言うならこの学園一だね。天才っていうやつはいるものだよ」
手放しの絶賛だ。
フリエがそう言うのならそうなのだろう。
風紀委員長。
学園の治安を維持する者たちの長。
学内ガイダンスで関わった風紀委員はそう多くないが、それでも彼らの王であるのならば納得はある。
強そう。すごい分かる。
《げはは、つまりソイツぶっ飛ばせばワタシたちが委員長ってこったな》
「それでしたら話は簡単なのですが」
ふ、とほほ笑むアルフェ。
自分自身の強さはさておき、ベルという存在に絶大の信頼を寄せている。
最強だろうがなんだろうが負けてやるつもりなど毛頭ない。
残念なのは、実践剣術などでは彼女の力をふるうことができないことだ。
「うん、こんなものかな」
そうこうしているとフリエのマッサージも終わり、アルフェは軽く伸びをする。
驚くほどに身体は軽く、わずかに残っていた鈍痛もどこかへ行ってしまったらしい。
「とても爽快な気分です。ありがとうございます」
「いやいや。ボクこういうの好きだからさ。将来はマッサージ屋さんになろうかな」
「行きつけにさせていただきますね」
「ぜひぜひ」
くすくすと笑いあうふたり。
「明日はまた大変だろうからね。風紀委員、目指すんだろう?」
「ええ。やはり私にはそれが合っていると思いまして」
明日。
本来ならば休講日だが、新入生たちにはある催しがある。アルフェにとっては、白に足るだけの『実績』を目指すうえで欠かせない行事だ。
失敗は許されない。
「今日はしっかりお休みよ」
「はい。そのつもりです」
そう言いながら、今日の講義分のテキストを引っ張り出すアルフェ。
もちろん明日に大事な用があっても復習は欠かさないのである。
「ほどほどにね」
そう言うフリエの笑みは、どこかぎこちなくて。
アルフェは気が付かないふりをした。
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